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選王の剣  作者: 立花豊実
第八章 ~王の右腕~
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51話

 気が付くと、灯りのともる岩窟の中だった。

 周囲の岩壁のいびつな様に似合わない骨董じみた品々が飾られている。重厚な造りのベッドはシーツが肌になめらかだった。少し目を移すと、食卓にはきらびやかな燭台と食器に果実類が盛ってある。

 なんなんだ……。

 あまりにも永い時間を眠っていた気がして、頭がくらくらする。

 不思議な夢をみていた。

 もしかしたらまだ夢の中なのかもしれない。

 妙な心地で、パレオは夢の中の出来事を回想した。

 とっくに滅び、現代にはもういるはずのないクリオラの魔力を持つ水の精(ウンディーネ)の少女キャリヴ。彼女が精霊族の掟をやぶり、人間の少年ルスタに恋をした。相容れない人間と精霊族。その二つの種族間に立つ巨大な壁――立ちはだかったウンディーネ王ポーセイン・ドの襲撃を乗り越えて、二人は結ばれた。

 しかしキャリヴは、広く人界を想うルスタをおもんぱかって、彼を人界へと送り出してしまう。

 再会を約束してキャリヴとルスタは離ればなれになった。

 口づけを交わした夜を最後に、幾百年の月日をキャリヴは待ち続けた。生成したクリオラの至宝はいつしか強大な魔力となり果て、キャリヴの精神をも蝕(むしば)んでしまう。

 命尽きようとしていた、最後の時。

 湖面をやぶって、一人の少年が沈んできた。

 その姿を、まるで愛する人と重ね合わせたキャリヴは、至宝の魔力をその手に渡した。

 やがて少年の手中で、クリオラの強大な魔力は一本の剣へと姿を変えた。

 紛れもなくあれはエクス・カリバーだ。

 そしてそんなことはあり得ないだろうが……、

 剣を手にした少年は、子供のころよく読んでいた本の挿絵――あのアーサー王にそっくりだった。

 まだ鮮明としない思考のまま、ひとまず体を起こそうとして「うぐっ!」とおもいきり顔を歪めた。胸部に激痛が走ったのだ。呻ぎ声をあげて、うずくまる。

 もがいていると、どこからともなくしゃがれた声が通った。

「まだ動かない方がいい。もうすぐで死ねる深手だった」

 どこか聞き覚えのあるその声をたどって岩陰を見やると、緑色の両眼と目が合った。

 忘れもしない。その顔は、幼少のころエクス・カリバーに手を出そうとした際に「やめた方がいい」と忠告した、あのシワだらけの老人だった。

 この謎のじいさんについて、パレオは未だに素性を知れていない。

 両腕を焼かれたあの日からずいぶんと経ったが、パレオ自身が事件当初のことについて頑なに口を閉ざしてきたせいだ。エクス・カリバーに拒否されたショックから当時の状況を話す気になれず、もちろん「裏切り者」として忌み嫌われた孤独者に、その原因となったエクス・カリバーについて話す相手などいない。誰にも語らず、すると誰からも『剣のそばに居た老人』について教わることがなかった。

 けれど記憶にはいつも、あのシワ顔が鮮明に浮かび上がってくる。何度でも同じ夢を繰り返す。なんせ、あの伝説の剣に呪いをかけられた直後、パレオに魔法で『治癒(ちゆ)』をして見せたのだ。

 エクス・カリバーの魔力は、それがエクス・カリバーに匹敵する魔力でない限り影響することが叶わない。あの時、完治ではないにしても、老人の放った緑色の魔法は、パレオを襲うやけどの痛みから即座に解放してくれた。

 今だからこそわかる、あれが並みの魔力ではなかったということが。

 ゆえに余計に謎だった。

 帝国が監修した魔術師便覧には、一人としてそんな人物は載っていないのだ。

 帝都で正式剣士になってから、一度だけ、帝国の最終防衛ライン超務庁長官ア・チョウに老人について相談をしてみたことがある。しかし知見の広いア・チョウでさえ、怪訝な顔で「何の夢の話だ?」と返した。はじめて打ち明けた当時の状況について、ア・チョウはしばし黙考した。

【老人はお前に『素質はある』と言ったのか?】

【『素質はあるのに、もったいない』と言ったんだ】

【ふむ。……興味深い話だが、すまないな。私はその老人について知らない】

 ア・チョウでさえ知らなかった謎のじいさんが、いま再び目の前にいる。

 痛みに顔を歪めながら、けれど苦笑する。

「ざまあない。あんたに、二度も助けられたわけだ」

 老人は顔色一つ変えずに、こつんこつん、杖を突きながら歩み寄ってきた。

「私ではなく、そこの娘さんだ」

 老人がくいっと顔で示した。

 赤いじゅうたんの上、丸まった白いもこもこ動物……ゼリドを確認する。

 よく見ると包帯で巻かれていた。

「自分も重症だろうに、おまえさんを必死に助けた」

 言われて、すやすや寝ている白い犬の寝顔をみる。

 無事でよかった、申し訳なかったと、さまざま情がわいてくる。

 結局、頼りっぱなしになってしまった。

「……感謝しなくちゃな。帝都に帰れたら、しこたまドッグフードでも贈るよ」

「それがいい」

 老人が冗長にわらった。

 つられて笑ったパレオは、くつくつ笑い声を漏らしながら、

「それで、おじいさん。あんた」


 ――何者なんだよ。


 と、真顔で問うた。

 エクス・カリバーの魔力はいま、笑いごとでは済まない状況にある。長きにわたって保たれてきた聖域は、もはや聖域などではなくなってしまった。剣から魔力を抽出する技術が生み出され、それを悪用する者が現れたのだ――帝国支配を揺るがさんとする組織、レイクンゴットが。

 一刻の猶予もないこの時、件のエクス・カリバーに肉薄する魔法使いが目の前に現れた。明らかに剣と関連する老人を目の前にして、ならば聞かねばならないことが沢山ある。

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