5話
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「またイヤな夢を見たな」
首を垂れた一筋をぬぐって、うめく。全身汗でびっしょりだ。視界に入った黒ずむ自分の腕を見つめて、小さく苦笑する。
幼少の頃に負った、死ぬまで癒えない両腕のやけど。ただれた紫色を呈し、グロい血管が引くことなくずっと浮き立っている。脈が強くなればこれが目立って流動し、見るものに言いえぬ不快感を与えてしまう。
ベッドから身を起こし、カーテンを開けて朝日を浴びる。
言いつけを守らず、剣「エクス・カリバー」に挑戦して与えられた我が身の枷――親をも嫌悪させるこの両腕の代償は、とかく大きかった。
生まれ育った街ではバチあたり者として忌み嫌われた。それが周りに感染する、不幸を連鎖的に招くなどと悪評が広まり、立ちどころにパレオの居場所はなくなった。夢見たエクス・カリバー、その所有者「選ばれし王」。だが到底およばず、親戚にでさえ拒絶され、村人たちからは迫害される。「気持ちが悪い」「近づかない方がいい」「身のほどを知れ」。……英雄の夢想は、エクス・カリバーに弾き飛ばされ、腕をどす黒く焼き染められたあの瞬間に脆くも崩れ去った。
村を出て一人で生きていこうと決めたのは年端もいかない頃だったか。寝食を頼り切っていたガキが外の世界で一人生きていこうとするなんて土台無理がある。痛い目なら、死ぬほど見てきた。幼少の頃の記憶は、思い返そうとすれば吐き気がする。
淀んだ空気を入れ替えるため、パレオは窓を開け放った。
深呼吸をし、気持ちを切り替えようと空を眺めていると、陽の光にまぎれて天の向こうから何かが飛行してくるのが見えた。鳥――、帝都内の宅配便を担う「ウルスバード(UB)」だ。そのカギヅメから、一括りされた用紙皮がくるくる舞い降りてくる。ぱしっと受けとり、軽く会釈すると華麗にUターンを決めたウルスバードが「クゥ――ン!」と返してくれる。
すぐに紐解いて目を走らせた。
『至急来たれし。白平原で待つ。超務庁』
まだ眠気の残る頭で一文を理解して、パレオはあくびをコいた。
「……唐突だな」
ぽんと立つ寝ぐせをかき、呼ばれた理由を考える。
伝令は、つまり帝城の『白平原』に赴けというものだ。
白平原とは皇帝の居住スペースへつながる唯一の空間で、帝都の正式剣士であるパレオであっても、そうそう行くところでない。神聖なる領域として悪しき者の侵入を許さず、承認されなければどこにもたどり着けない強力な幻惑魔法が施されてある。
その最奥にいるのはもちろん皇帝だが、御前に一人、立ち塞がる最強の男がいる。おそらくは手紙の差出人であろう超務庁長官、帝国の最終防衛ラインこと『ア・チョウ』だ。
白平原に呼ばれるということは、すなわちその場の唯一の守護者であるア・チョウその人に謁見しろということに他ならない。
最強の守護者である前に、ア・チョウはパレオを育ててくれた義理の親でもある。帝都の陽当たらぬ路上で死にかけていた小僧の時分に、手を差し伸べてもらった時から、親であり師となった。「青年よ、まっすぐあれ」。やんちゃだった時代は問題を起こすたびに、こっぴどく叱られたものだ。……が、さすがに今回に関しては思い当たる節がない。
伸びをして寝間着を脱ぎすてる。
傷だらけの肉体には、鍛え上げられた筋肉が盛っている。
長らく帝都で剣士見習いとして従事してきて、最近はそれなりに信頼も得ている。力のなかった頃は、生意気に驕り視野が狭く独りよがりに突っ走っていたが、今は世のために身を呈することを心の芯に据えている。王だの英雄だの「表層的評価」に囚われていた時代はとうに終わった。そんじょそこらの悪い魔法使いにだって負けやしない。常人であれば退いてしまうだろう数十人の賊どもに、一人で立ち向かう気概もある。
つい最近も、帝都の連続荷馬車強襲事件を解決したばかりだ。首謀者だったかの帝政高官による謀略を暴き、その配下である名だたる黒魔道士たち四名を、一人で相手取った。深手は負ったが解決してみせたのだ。対価として褒章をもらってもいいぐらいではないか。
よもや怒られることはないだろう。
まして呼ばれたのはあの白平原だ。皇帝の座する間に唯一つながる空間に、わざわざお叱りの為だけに呼ぶなんてことあるわけがない。
期待と不安をない交ぜにして、パレオは朝食のパンをかじった。