48話
「ムダだ。クリオラとて、体内に直接雷撃を注(そそ)がれて生きてはおれまい」
キャリヴの肩部に深々つき刺さったトライデントが、神々しく輝きだした。
「キャリヴ! ――お願いだ王よ、やめてくれ! 罰ならば僕が受ける! 彼女には手を出すな!」
叫びながらルスタが走り寄ってくる。その必死な姿を一瞥して、ポーセイン・ド王は忌々しそうに片手で水塊を作りだした。
「子ザルが吠えるな、もとはお前が生んだ悲劇だろうが!」
怒号とともに王の手から水爆が解き放たれた。凶暴な水塊の圧力がルスタを宙へ高々と弾き飛ばす。やがて自由落下した体が、どすっと地をはねて、力なく転(ころ)がった。
「ルスタあああぁぁ! う、ぐうっ!」
槍の切っ先が肩の傷口を押しひろげて、生じた壮絶な痛みに視界がゆがむ。
「言ったはずだ。いずれにせよ同じ道であると。あの人間が先か、お前が先か。ただそれだけのことだ」
「……ゆるせない」
槍をつかむキャリヴの指先が、熱を放ち、色合いを変えて赤みを帯びてゆく。ゆらゆらと昇る熱波に、王はみたび顔を歪めた。
「ウンディーネが熱の魔力を出すというのか。水の精霊族が、いよいよ汚れはじめたか!」
「――あなたこそ、心が汚れている! 私はただルスタが好き! 彼もまた、心あるがままに行動しただけよ! 純粋に求めあっている! 精霊族も人間も関係ない! ともにこの地に生まれた者どうし、お互いに心から尊重しあっているわ!」
「低俗な人間に惑わされ、なにが尊重だ! 恥を知れ! その身が負う務めを放棄し、いったいどれほどの望みを無碍(むげ)にした! お前のしていることは愚かで醜い裏切りだ!」
――バチィィ!
「きゃああああああ!」
雷撃が全身をつらぬいて、激痛がかけめぐる。壮絶な魔力の攻撃に、意識もろとも肉体が吹き飛びそうになる。立っているのが不思議なくらいのダメージに、だがそれでも、キャリヴは槍をつかむ手を決して離さなかった。
トライデントの一撃が致命にならず、王の顔がにわかにひきつる。
「これで死なぬというのか。……長らえたところで、苦しみが続くだけだというのに」
まるで王の声が遠くから聞こえる。全身を昇る赤い煙から、自分の焼ける匂いがした。しかし腹の底からフツフツと涌くクリオラの魔力が、その昂揚感が、急激にあらゆる感覚を上書きしてゆく。痛みでさえ判然としなくなり、体内を暴れる魔力の奔流が、自分を、自分のものでなくしてゆく。
「……ゆるせ、ない」
と出した声でさえ、別の者が発しているかのようだ。
怒りの感情がひとり歩きして、キャリヴの感知できないところで活動をはじめた。ビキキ、という音が、神器に食いこんだ自分の指先だと気づくのでさえ、遅かった。とっさに槍を引きぬこうと王が腕に筋を走らせたが、ビクともしない。
「そんな、ばかな」
という声が、とてもゆっくり聞こえてくる。周囲を過ぎる時間が、キャリヴをのぞいて鈍足になってゆく。世界から、自分が疎外されるような気分だ。
ギロリ、とキャリヴは王を見つめた。
「くそ、このバケモノが! クリオラなど、もとよりこの世に生まれでなければ良かったのだ! であれば他族の王の顔色などに、気を煩わせずに済んだ! この忌々しい悪魔の娘が、いい加減にくたばれ!」
――バチィ!
――バチィ!
――バヂイイィィィ!
幾度もの雷撃が瞬(またた)いて、周囲地面をドス黒く焦がしてゆく。
放電が森に飛び火し、やがて空高く炎上した。空が、みるみる真っ赤に染まっていく。ボウボウと燃えあがる炎の渦中で、王は息を荒げて叫んだ。
「クリオラ! 希望を抱かせて絶望を見せる、忌まわしき啓示の子よ! 我らが精霊族の、安寧ある未来のために、大人しくここで朽ちるがいい!」
ド、ゴォ――――ン!
一際巨大な魔力が、轟々爆ぜた。
あまりの雷光に視界が吹きとぶ。
失せた地面に、出来上がったクレーターの真ん中。
伝説の名――、クリオラを冠するウンディーネの少女は、一言だけ告げた。
――もういい。
「――んな、に!?」
ピシィィ! と、神器の槍に亀裂がつっ走る。もはやトータル計り知れない圧力のかかる指の先から、余りある魔力がドロドロと液体化して零れ落ちた。べとっと垂れた粘体質のかたまりが、大地に染みるとダラウ・メリエの森林中に波紋がひろがる。瞬間、つめたく炎が消えた。
王の顔面から血の気がひき、いよいよ蒼白になる。
キャリヴはレッドゾーンをぶち切った紅い瞳で、王をにらみつけた。
「もう、いい。終わりだ」
肩口の槍をズポッと抜き出したそばから、肩が再生した。巨漢ポーセイン・ド王が万力を込める槍をいとも簡単に押し返し、もろ手でつかむ。ウンディーネ族最大の兵器トライデントが、Uの字に向かって、ぐぐぐ、と軋み始めた。歪曲のラインがみるみる深みを増して、やがて柄の形状が耐えきれず、
――――ボキイィィ!
っと、盛大な音を立てて割れた。衝撃が、王の巨体をぐらりと揺らす。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおお――――――!」
驚愕のうちに目をひん剥いて、あごをすっ外し、王が絶叫しながら一歩、二歩と後ずさった。やがてがくんと膝をつき、ボロボロと涙があふれ落ちた。
「うおおおおお、わたしの、わたしの、トライデントおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
完全にアゴをぶっ外したまま、天を仰ぎ、王は、まるで石像のように停止した。




