47話
明らかに異質なキャリヴのオーラに、ウンディーネの王は顔を歪めた。
「見たことか。その猛々しい魔力はまさにクリオラのそれだろう。……やはり覚醒しはじめている。たれば、いよいよ見過ごすわけにはいかぬ。ウンディーネに大恥さらしが出る前に、王の責務としてここで留めねばならん。お前は、不安定な地盤のうえに建つ巨塔なのだ」
ゆっくりと構えられた矛先が、一際猛った魔力を弾かせた。また一粒、キャリヴの頬にわかりあえない涙がこぼれた。
「おねがいよ、王様。これ以上わたしに怒りを生ませないで。自分で、自分の力がこわいの。ルスタを傷つけようとするなら、正気でいられる自信がないわ」
自分の体を抱き、内からあふれ暴れだす魔力に必死に抗う。脈拍が一つ一つ時を刻むごと爆発するクリオラの魔力が、キャリヴを精神ごと呑み込もうとする。わずかにでも気をゆるせば自分が、自分でなくなってしまいそうだ。
「あわれなクリオラの娘よ。その力、精霊界に貢献すればどれほどの功績となったことか。……なぜわからないのか、自ら億万の栄華を捨てることになるのだぞ」
「ちがうわ! わたしはただ、自分の心に従いたいだけ! 誰かのためになるならば喜んで力を使いたいと思う! けれどそれが、精霊界をのみ導くだなんて、勝手に決められたくなんてないの! みんなにも、人間にも、ルスタにも、笑ってもらいたいのよ!」
「もうよい! 口を閉じよカリバー! お前はここで沈む。ラストに王がみずから、お前の望むその愛とやらとともに葬ってやる。人間とともにだ!」
ウンディーネ王の盲目的な見解に、いよいよ怒りの魔力が抑えられない。瞳の奥が熱くなる。視界が臨界レッドゾーンを超えて、真紅に染まってゆく。
強大なる魔力源どうしが、一触即発の状態で見つめ合った。今まさにぶつかり合わんとする二者の間に、しかし、ルスタは自分の身もかえりみずもろ手を広げて割って入ってきた。
「精霊族はウンディーネの王とお見受けします。人間は、ネンレール王国第二子息ルスタネンレール」
地に膝をつき、ルスタはすがった。
「お願いです、どうかキャリヴを許してあげてください。彼女は何も悪くない。人間である僕が、軽はずみだったんだ。あなた方精霊族は、僕には美しすぎた。それがどうなるかもわからず、安直に近づいてしまった」
地に伏すように頭を下げたルスタに、けれどウンディーネ王は鬱屈そうに目を細めて苛立ちの声を上げた。
「でしゃばるな人間の子。礼儀を振舞おうとも、しょせんは貴様も短命で、もろく心を彷徨わせる哀れな種族だ。精霊族に言葉交わすなど身の程を知るがいい!」
怒声を浴びてなお、頭を下げたままルスタは続けた。
「そうだ、僕ら人間は哀れだ。互いの痛みをもっとわかり合えたならもしくは……、変われたかもしれない。だがあなた方は違う。精霊族は、同族を傷つけるなんてことをしない。こんな乱暴なことを決してするはずがない!」
「いったい何を知ってそんな口をきく。我々が争わぬのは、まさに真の同族愛によるものだ! 人間どもはもちろん、裏切りに関してもその範疇にはない。利己的身勝手な罪は、醜悪至極。お前たち人間が、自ら犯し続けているそれに、なぜ気づかぬか!」
「たしかに人間は身勝手だ。その人間である僕が、ただ一方的にキャリヴに恋をしたんです。自由奔放で、争いとは無縁の彼女に心を奪われてしまった。だが、それだけです。決してキャリヴ自身は、ウンディーネを裏切ったりなどしていません。彼女を罪に問うのは誤りだ。罰するならば、僕一人で十分なはずです!」
「いい加減にしろ人間が! その浮かれた気も、移ろいゆく時の中で容易く廃るだろう。恋だ? 笑わせる。お前は人間でカリバーは精霊なのだぞ。血迷うならば、おのれ等ですればよいものを、よくも我が種族の聖域を踏み躙ってくれた。望みどおり、お前たちともに引導をくれてやる。まずはお前からだ、人間よ!」
言うしなに、大地を揺るがすほどの衝撃をともしてウンディーネ王が踏みこんだ。
見上げるほどの巨体が消えたその場所に、土が弾けてがっぽりと凹みが生まれる。
はっと気づいた間には、もう王が目の前にいる。
「永久に眠れ!」
怒号がとどろき、ポーセイン・ド王の大きなトライデントの槍が、ぐんと弧をえがいた。
その様が、まるで時が鈍くなったかのようにゆっくりと推移してゆく。
自分でも驚くほどの反応速度で、キャリヴは同時に動き出していた。今まさに手が下されようとしているルスタの体を横へ押しやって、槍の軌道上から逃がす。
代わった自分の身が、どうなるかはどうでもよかった。
ただ、ルスタを傷づけさせたくなかった。その一心だった。
――どすっ。
衝撃で、全身が揺れる。
トライデントの切っ先が肩口を貫通し、次いで激痛が襲った。
自分の放った一撃の狙いがすげ代わり、にわかに驚愕したウンディーネ王の顔は、しかしすぐに忌々しいものを見る眼に変えた。
「自分が先に死を選んだか。……それもいいだろう。いずれにせよ同じ道だ。これで終わりにするぞ、クリオラのカリバーよ」
ポーセイン・ドが握りに力こめると、再び槍が淡く光りはじめる。
今また、王が神器のイカズチを放たんとしているのだ。
痛みで思考にちかちかと光が迸るなか、キャリヴはかろうじて動くもう一方の腕で、自分をつらぬく槍をつかんだ。じっとりと汗ばむ手のひらから、トライデントの豊満な魔力を感じる。
「もし本当に、私がクリオラというなら、どうかお願い、今ここで、その力を使わせて」