46話
「そんなことがあったんだ、……僕のせいだ」
日のさす枯れ木に腰かけ、ルスタはうつむいてた。
ひとしきり泣き終えたキャリヴは、ルスタに身の上をすべて話した。自分が特異な魔力を有するクリオラであること、それゆえに地上に赴くことを固く禁じられていたこと、人間との接触がタブーであったこと、そしてそのルールを犯してしまったがために牢に入れられ、姉によって解放された代わりに帰るべき場所を完全に失ってしまったこと……。
もとをただせば、確かに人間との接触が原因であったかもしれない。だが、だとしても、
「ルスタのせいじゃないよ、この世界が歪なんだ。目に見えないものを恐れて、一方的に他族を忌み嫌っている。本当に理解し合おうと思えば、互いにちゃんと笑いあうことができるのに」
そう、自分とルスタが笑いあえたように。
相変わらずうつむき加減なまま、ささやくようにルスタは応えた。
「人間どうしも、同じかもしれない。小さな差異にこだわり、互いに憎しみ、ずっと争いを続けている。今もなお列国の戦争で何万人もの命が失われている……人界は戦に憑りつかれた乱世だ。本当は、止めなければならない立場なのに」
瞳をつぶって、ルスタが痛切な表情を浮かべた。
「たちば?」
それが何を意味しているのか、気になってたずねた。
「僕は一国の王子だ。人々を導く責任がある。なのに人が死んでゆくのを、ただ黙ってみているしかない。声を上げても権力争いの渦中に揉み消され、父のもとにも届きやしない。ずっと、どうすることもできなかった。自分の責務や無能に目をそむけて、争いごとを疎む君たち精霊族に焦がれたんだ。水におどり舞う、美しい君に恋をした」
ステキなことであるはずなのに、まるで辛そうな面持ちをする。
キャリヴはそっと、ルスタの肩にあたまを預けた。
「責任から逃げるというなら、わたしも同じだったよ。ほかの者に押し付けられたクリオラという名のそれに、耐えられなかった。見合った力もないのにね。ルスタは強いよ。自分の能うんぬんでなく、本当の意味で、他のために苦悩してる」
「そんなんじゃないさ。僕は臆病者なんだ」
「なら一緒だね。わたしもおくびょー」
互いに笑った。境遇が似ている。だから一層、愛おしく想った。
寄り添うルスタの体からは、ぽかぽかと優しい温もりが伝わってくる。
ずっと、このままでいたい。この和やかな時間が、誰にも邪魔されずに、いつまでも続けばいいのに。
そっと願いを込めた、その時だった。
ふいに、妙な胸騒ぎがした。身体の奥底から、滔々と負のオーラが湧き出す。
とっさに自分自身の不調かと思った。だが、それにしても変だ。あまりにも突然すぎる。
なにより自分の内側とは別に、対外的な何か良くないものをひしひしと感ずる。まるで、体の中にあるクリオラの魔力が、他の強大な「何か」を感知し、キャリヴ自身に伝えようとしているかのように。
思わず、口が動いていた。
「……にげて」
「えっ?」
取り返しのつかなくなる前に、ルスタを守らねばならないと思った。
バサバサと森林中の鳥たちが飛び立つ。
急激にクリオラの魔力が騒ぎだし、全身がぶるぶると震えだした。そしてついに、
心象に、巨大なウンディーネの像を映し出した。
「――なぜ、おまえは種族を裏切ろうとする」
じかに聞こえてきた足音の轟きには、黒い怒りが満ち満ちていた。
「――クリオラであるはずのお前が、なぜ人間と慣れ親しもうなどとする」
どしん、どしん、と大地を叩く超重量の存在感は、見ずともしかと判然とした。
他のだれでもない、ウンディーネ王ポーセイン・ドだ。
年若くも先代から認められ、歴代最速で王に成り上がったウンディーネ界きっての実力者は、その手に命を裁く神器の槍「トライデント」を携えている。
いや……やめて、お願いやめて。
キャリヴは、ルスタの背を押して叫んだ。
「逃げて! 今すぐ!」
「――っ!?」
どうしたんだ!? というルスタの声をかき消す声量で「はやく!」と叫んだ。
だが、驚異的な魔力をまき散らして急接近する当体は、その死をもたらすイカズチを、
「ふせて!」
ルスタの身を地面に押し倒して覆いかぶさった、直後、
ドッゴオオオオオオォォォォォ――――――!
頭一つ分スレスレのところを、光の筋がぶち抜けた。まるで容赦なく、ポーセイン・ド王がぶっ放したのだ。そしてイカズチの一撃によりがっぽりと抉れ拓けた森の向こうで、王がその姿を現した。今しがた殺そうとした獲物に対して、それが生き延びていたことにすらなんら感慨もみせず、野太い声で言った。
「なぜ、おまえを地上へ向かわせないと定めたかわかるか?」
ウンディーネのトップが、その巨足で一歩踏み出した衝撃がどしんと周囲へ走りわたる。
全身、恐怖心でいっぱいだった。なによりも、ルスタを失うことが怖かった。
王は一歩、一歩と近づいてくる。
「精霊界に要らぬ不審を与えぬよう、各族のトップのみにとどめてきた話だった。竜王は、クリオラの誕生を祝福すべきと喜ぶ一方、同時に、負の側面を啓示したのだ。……それが今まさにお前の犯している禁忌『人間との係わり』だ。やがてはそれが、精霊界に最悪の『破壊』をもたらすだろうと予言されている。ゆえに厳重に注意すべきとなった。……だが誰が信じよう、我が一族にそんなバカ者が出るなどと」
バチィ! と、トライデントが切っ先で火花を散らした。
そのあまりにも威圧的な魔力に、クリオラとしての能力が感化されているのか、キャリヴの体内で急激に魔力が湧現しだす。
「あなたこそ、竜王、竜王と、なぜ自分の眼でみて信じようとしないの? わたしが人間と係って、現に何かを破壊したとでもいうの? ウンディーネの王なのに、同族のウンディーネを信じられず、実際にありもしない竜族の言葉を、なぜそこまで過信するの」
シューと体から吹き出すのは、自分でも信じられない――濃すぎる魔力だ。




