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選王の剣  作者: 立花豊実
第七章 ~剣の夢~
45/71

45話

「……でも」

 あの巨漢の王に狙われている身で、はたしてそんなことが可能だろうか。ましてや今、キャリヴは堅く閉ざされた牢にいるのだ。最終的にはポーセイン・ドの思惑通り、やはり斬首刑に処されてしまうのではないか。首が飛ばされる絵柄が想起して、またひどく落ち込んだ。

 だが、ナストは、

「あなたをここから逃がすわ」

 まるで自信満々に言うので、呆気にとられてしまう。解釈するのにしばらく時間がかかって、頭をぶんぶん振って思考を進めた。

「――む、ムリだよ。逃がすってどうやって」

「簡単よ、コレをまげるの」

 言うや否や、ナストは鉄格子をつかみ、急激に魔力を厖大化させた。あたりへバチバチと飛ぶ稲妻。神々しくすらあるその圧倒的な魔力にドン引きしながら、クリオラは自分ではなく、姉のナストだったのではないかと疑ってしまう。竜王が、見誤ったのではないかと。

 そうこう考えているうちに、やがて高熱化した鉄がぐにゃりと形を歪めた。あっという間に脱出できる大きさに開かれる。ナストが作ってくれた九死に一生の退路に、素直にうれしさがこみあげる。

 しかし、キャリヴは考えずにはいられなかった。

「……こんなことをしたら、お姉ちゃんが咎められる」

「ばかね。おろかな妹が、りっぱな姉の心配なんかするもんじゃないの。あなたは、自由に生きていくのでしょう? ならば振り返るな。前を向き、堂々と生きていきなさい」

 決して楽ではないはずの魔源の酷使に、けれど満面の笑みで励ましてくれる。

 そんな姉の優しさが、耐えられず涙がこぼれる。泣きべそをかきながら、それでも言わねばと思った。

「……本当にごめんださい、あでぃがとう、お姉ちゃん」

「はやく出なさい、看守が来ちゃう」

 キャリヴはごしごしと顔をぬぐうと、広がった格子の隙間をすいーっと抜け出した。

 看守にバレぬよう留置所の中を隠れ隠れ移動して脱出すると、そのままウンディーネたちが普段あまり通らない北側の岩石地帯を通って、陰を渡りわたりしながら街はずれまで向かった。

 十分な距離を、泳いできたころ。

 ふと振り返れば、街のあちこちで咲くコテイソウが都パ・ザ全体を美しく光輝かせていた。

 自分を育ててくれた故郷には、思い出がたくさんある。

 記憶を巡らせば数々の喜怒哀楽が涙と一緒にあふれ出してくる。

 哀愁を抱きつつ、キャリヴは手をふった。


 ――ありがとう、さようなら。


 ナストがため息をついて苦笑いした。

「おろかな妹に、一つだけ忠告しておくわ。キノコばかり食べてないで、しっかり栄養とるのよ」

「わかってるよ。しっかりする」

 笑顔で返事をしたけれど、心は不安でいっぱいだ。

 あとはもう、言葉なく抱き合って、時間はあっという間に流れた。

 行くね、と言葉を残してキャリヴは泳ぎ出した。

 何度も「もう一度」という想いに駆られながら、決して振り返ることはなかった。

 また、涙がぽろぽろする。

 辛い心を紛らわしたくて、キャリヴは地上へ向かった。

 水面に顔をだしたとき、空からは日照りがギラギラ射していた。

 あの原っぱに、ルスタの姿はない。さすがにそう都合よく出会えるものではないか、とため息をつく。

 少しばかしがっかりしながら、ぺちぺちとダラウ・メリエの森へ入った。奥へ奥へと、小さな足で歩み進んでゆくと、香ってくるのは豊満で生々しい植物たちの匂いだ。

 思い出す、クリオラとは無関係だった子供のころの事。

 森は、キャリヴにとって心ワクワクの冒険の舞台だった。

 初めて森のキノコを食べたのは、ナストとともに森の中を延々探検していた時だ。

 途中で方角を失ってしまい、不安を抱いて泣くキャリヴに、ナストは「つよい子は泣かないの。泣かない子には――」じゃじゃーん! と魅惑のキノコ「トペィト」を差し出してくれた。

 その香ばしい味の中に、姉の優しさがいっぱい詰まっていて、以来、キノコはキャリヴにとって忘れられない大好物となった。それがクリオラとみなされてからは、その姉自身から「地上へは行ってはいけない」ときつく詰め寄られた。それが、キャリヴにとってはなによりも辛かった。

 ずっとずっと昔のままでいたい。

 ただそれが願いだったはずなのに……。

 自然とこぼれてきた涙を、ぐしゃぐしゃ拭きながら、それでも声が我慢できなくなって、ついにわんわん泣きだしてしまう。歩くこともできずに、膝が地におちる。

 何もかも失ってしまった、その実感が、じわりじわりとこみ上げてきて、急に胸の中を不安が埋め尽くした。とどめようもなく涌く恐怖と涙で、ぐしゃぐしゃになっていく。

 すべてが黒く染まってしまいそうな、そんなときだった――、


「おどろいた。きみ、泣いているの?」


 ふいに聞いた声に、顔を上げた。

 濡れそぼった瞳に誰かの立ち姿がぼんやりと映った。

 判然としない視界の中で、でもわかる。あの優しい眼、ふわふわゆれる髪だ。

 なにより土汚れた手にあるキノコ「トペィト」が、キャリヴの心を温かくした。

 照れくさそうに笑う、人間の男の子――ルスタがいた。

 泣いて嗚咽しそうな喉をこらえて、キャリヴは努めて笑った。

「あなたこそ、こんなところで何をしているの?」

 聞かなくてもわかっているのに。

 ただ言葉が聞きたくて、あえて訪ねた。

「キノコを探していたんだ。……渡したい精霊さんがいるから」

「ほんとにあなたって、可笑しなヒト」

 あはは、と笑いながら、いよいよ枯れそうなほど泣いた。

 ルスタの胸に飛び込んで、しがみつくように、わんわん泣いた。

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