4話
十年後。
聖なるエクス・カリバーの台座に歩み寄る男がいた。黒いローブは、金の刺繍で背に「神」とある。醸し出すオーラは悪でも正義でもない。世の純正化ただそれのみ。過去云千年と過酷な環境を強いられてきた一族の憎しみを晴らさんがため、男の一歩は揺るぎなかった。
ぞろぞろと背後に続くのは、同様に黒づくした地に金刺繍を施す配下たち。
背に神と掲げるリーダー格の男は、手をかかげて一団の歩みを制止した。
まるで個のない統制で一斉に動きが止まる。
「ここだ」
言った男の前で、魔法の壁が青白く輝いた。
しばらくして、背後から凛とした声が通った。
「スポンサーのアンタがやるってんだから止めやしないさ。でも、ここが『帝国のテリトリー』だってことだけは忘れるなよ。アイツらはまともじゃない。覚悟が要る」
一人だけ黒でない、軽装の甲冑にマントを羽織った女剣士だ。至極つまらなそうにしている。
対してリーダー格は揺らがぬ面持ちで、諭すように返した。
「無論だ。そちらこそ、退くなら今が最期のチャンスだぞ。金は払うが、怖れるならば雇う意味はない。去りたくば去れ」
「ばか言え。忠告したのはこっちだっつーの」
女剣士はぎらっと睨んで、腰に提げた剣シャムシールを指先でコツコツ叩いた。
左頭部で一本に結んだ長髪が、首のうしろを右側へ流れて胸元に返る。細身の腰回りはしなやかにくびれ、臀部で再び輪郭がわずかに膨らむ。見た目の女らしさは相当なものだろう。が、その華奢な体つきからは想像もつかぬ剣技を、女は幾度も繰り出してみせた。おそらく、体内に筋力をブーストする何らかの魔器を仕込んでいるか、もしくは元来『バケモノ』の血を通わす種族かだ。
昨今の人界では『人間』ですらない可能性もある。
だが今さら、出自が何であろうと構わない。この女がいなければ計画の中枢を担うアレは手に入らなかったのだから。感謝こそすれ、余計な詮索など無用だ。
あれこれ考えていると、女剣士がつまらなそうに続けた。
「で、どうすんだよ?」
あごで、目の前で光る『障壁』を指し示す。
「これは一筋縄じゃいかないぞ。帝国ご自慢の魔法使いどもが、大層時間をかけて施した高位障壁だ。下手すりゃ痛い目をみるだけじゃ済まないかもな」
「わかっている」
そう答えて、ローブから一つ注射器を取り出すと、そのまま首に射した。
腕をまくり、呼吸を整えて、障壁をにらみつける。
「我々が目指しているのは崇高なる神の創出だ。超えてきた数多の難に比べれば、これしきのこと何てことはない」
言いながら、男が手のひらを前方に向ける。そのまま、口から紡ぎだしたのは魔法の呪文だ。禍々しいオーラが周囲から円を描いてより集まり、手に黒い塊を生み出していく。次第に大きくなるそのエネルギーの奔流を、前方で光かがやく魔法障壁に思いきり打ち付けた。
ド、ガアアアアア―――――――――――ッ!
弾ける莫大な音。
衝撃は周囲の大木をきしませ葉を飛ばし、配下たちの身をも沈ませる。皆が必死に耐えるなか、黒魔法の発現者だけが口角を裂いて牙をむいた。頬に走る血管がめきめき浮き上がり、鼻、こめかみ、額へとぼこぼこ表面を歪ませ広がってゆく。
「うぐおおおおおおおおお!」
一際力をこめて吼えればベギベギベギッ!
黒いエネルギーが光の障壁と拮抗しあってヒビが一つ、また一つと走った。懸命に「カベ」の体裁を取り続けようとする魔法障壁が歪み、そして遂にはじけ、ぶち飛ぶ。
強風が周囲全空間をかける。
森林中を遠くまで煽る爆風が収まると、やがて何もなかったかのような静けさが戻る。
「ヒュー」
くちびるを尖らせて、女剣士が口笛を吹いた。
「やるな。……だが無茶すると寿命が縮むぞ。私は魔法を知らないが、乱用して目玉が吹っ飛んじまった奴を見たことがある」
軽口の女剣士に一瞥をくれたリーダー格の男は、今しがた酷使した腕をかばいながら答えた。
「もとより死を覚悟している」
指先を前へ、障壁の破壊を確認すると全配下たちに告げた。
「さあ、いよいよだ! 我々の念願を叶える時がきた!」
オオー! と総員の雄叫びが世闇に轟いた。
男の双眸が、月光に揺れるエクス・カリバーを捉えて光り輝く。
我らが神、その創出がために一歩、また一歩と台座に近づいていった。
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