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選王の剣  作者: 立花豊実
第七章 ~剣の夢~
38/71

38話

 アンドラの底に栄えたるウンディーネの都パ・ザには、およそ一万の精霊たちが棲む。主食はもっぱら魚類と海藻で、好みによってたまに地上へおもむき、花や植物をほおばっている雑食の種族だ。けれどキャリヴが一番好きなのは、実は樹木にはびこる菌糸体――つまりキノコだ。

 アンドラを囲う広大な森ダラウ・メリエの深部には、ダークブラウンになめらかな笠が食をそそる菌糸体「トペィト」が生えている。裏側が白くほっこりしたモコモコの笠は、口に入れると「~ザ・ナチュラル~森が育む甘美な恵み」と銘打たん絶妙なるかぐわしさを放ってくれる。一度でも口にしたならば、止むに止まれぬやみつきの絶品なのだ。

 けれど近頃、ウンディーネ王のポーセイン・ドは、あまり地上には出てはならないとした決まりを設けてしまった。……ただでさえ選ばれし精霊族「クリオラ」として勝手なことはしてはいけないと言われているキャリヴにとって、これは手痛いルールだ。

「こまったなあー」

 と、つぶきやきながらも今まさにこっそりと湖底の都パ・ザから脱出を試みようとしているキャリヴは、主街中心に構える宮殿の抜け穴から顔をひょっこりと出した。

 辺りをきょろきょろと見渡して、

「おねーちゃん、いらっしゃるー?」

 そーっとささやき問う。以前、何度か待ち伏せをかまされた経験から、この辺りは慎重にいかねばならない。

 姉のナストは優しいときはすこぶる優しいが、怖いときはすこぶる怖い。そのギャップたるや本当に同一の精霊なのか疑いたくなるほどだ。

 感情が単純なキャリヴにとっては正直ついていけない。

 常習の犯行であることは重々わかっている。おそらく見つかったらば今度こそ、ただではおかれないだろう。あの大声で怒られることを思うと、すっごくコワい。けれど、魅惑のキノコ「トペィト」だってとっても食べたいのだ。

 水中をおどる小魚の大群と一緒にふわりとまわって、一回転。直後、


 ずぎゅ――――――ん! 


 地上へむけて猛然と泳ぎだす。あまり泳ぎは得意な方ではないけれど、そもそもウンディーネは水棲動物の中で最上位の遊泳速度を誇っている。普通に泳げば流麗なフォルムを持つ魚類たちに敵わないだろうが、なにせ精霊族としての特殊能力――自然魔力が肉体の水抵抗を低減するよう働くため、他に勝る圧倒的な速さで動けるのだ。

 時速百二十㎞オーバーでぐんぐん突き進みやがて、


 ざっぶ――――ン! 


 水上を空高く舞い上がって、輝かしい夕日の陽光を浴びる湖面を眼下に、もろ手をおっぴろげる。大きな影を落とす連峰の向こうに、真っ赤な太陽が明日へ向かって落ちてゆく。美しい、大自然のパノラマ。

「あははっ!」

 水から放たれて宙に舞う。この瞬間が、なによりも楽しく、なによりも自由だ。けれどひと時をへて重力は、無情にもキャリヴの体を再び湖面へと引き戻していく。


 ざっぶ――――ン! 


 水しぶきをあげて思いきり着水。そのまま水中を漂いながら見上げた空は、暮れなずむ赤と闇の青っ気が入り混じっていた。翼があったらなあ、と想う。

 ひとかきですいーっと上昇して、ちゃぷ、と水面に顔をだした。ダラウ・メリエの森へ、キノコを食べに行く――ただそれだけのことだ。幼いころは、もっとたくさん地上で遊ぶことができたが、最近は監視の目がひどくて滅多に来れない。あの偉大すぎるという存在「クリオラ」だなどと勝手に決められてしまってからというもの、キャリヴの自由は奪われてしまった。

 クリオラは気高く美しく、とかく立派であらねばならない。

 クリオラは世界中の精霊族たちを幸せにみちびく奇跡をもたらさなければならない。



 ……そんなこと、できるわけないのに。

「はあ――」

 溜息の中に思考を放棄して、水かきの小柄な足でぺちぺちと上陸した。

 森へ向けて歩きはじめたとき、ふと気づいた。

 何かいる。

 ふさふさした、あの陸上動物特有の毛というやつが、なびいている。

 これは――うわさの、人間ではないか。

 湖畔の原っぱで、幼いニンゲンが心地よさそうに寝転んでいた。

 そよいだ風に、なびく髪がふわーっとしている。

「……むむむ」

 顔をしかめて、キャリブはなんだか急に嫉妬した。

 ずるい、と思ったのだ。

 生涯の八割以上を水の中で生活するウンディーネには、人間のようにふわふわとした毛は生えていない。肢体と顔のパーツはそれとなく似通ったものがあるものの、あの「頭髪」というパーツは決定的に異なっている。

 ウンディーネの頭部にあるのは、ぬめりとしたイルカのようなコブだ。

 生物学的に言えば、これが重要な脳を守る役割を担っているけれど、それでもやっぱり、いつでも湿っているし(水中生物だから当然だけど)、あんな感じに風に揺られてもなびいてなどくれやしない。

 じめーっとした自分の頭を、きゅっ、きゅっ、となでる。

 水面に映る己の身姿をみつめた。

「………………」

 しばらくして、思い立った。

 あのサラサーティーコットン100%的な毛質を持つ人間に、イタズラしてやろう。そうしよう。ぺちぺち近寄っていって、ターゲットがまだ眠りの中であることを確認する。

 息を止めつつそーっと、そーっと顔をのぞきこんでみた。

「ほえー」

 これが陸上生物――人間の顔というやつなのか、ふむふむ。おもしろ。

 ウンディーネも人間も、五体があるのはたいして変わらないけれど、目鼻だちはちょっとやっぱりちがう。鼻もやけに出っぱっているし、体格もウンディーネよりごつごつしている。いやまて、これは性別の違いなのかも……、と十分以上も見入ってしまってから「はっ!」と我に返る。イタズラしようとしていたことを完全に忘れていた。

 キャリヴは精霊族の魔力を発動させ、手のひらにじゃぶじゃぶ! と水流の柱を昇らせた。

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