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選王の剣  作者: 立花豊実
第七章 ~剣の夢~
36/71

36話

 暗闇の中に、平行線状の光が走った。

 まどろむ思考がじょじょに鮮やかになって、それがまぶたの開きだと気づき、はっとする。

 暫定としてたぶん死んでしまったパレオが、どういうわけか意識を取り戻すと、


 森の中だった。


 ここは……?

 死んだかもわからない妙な体の感覚で、パレオは二、三回まばたきした。

 地に伏す視界の中を検分すると、湿った土のうえに濡れた枯葉がたくさん。その合間に芽生えた若葉の先に、ぷっくりと滴がかがやく。霧めいた周囲一帯は白み、樹木は遠くにつれてみえなくなる。ダラウ・メニエ群生の植物種は記憶しているつもりだったが、同じ種もあれば見たこともない系統もずいぶん混じっている。

 ダラウ・メニエ……、伝説の剣が眠る聖地。

 そうだ、エクス・カリバーの魔力から生み出された神レベルのホムンクルスことエレニクスはどうなったのか。そして、ともに戦っていたゼリドは――。そのうち段々と気絶する前の緊迫した状況を思い出して、寝ている場合ではないとパレオは立ち上がった。さいわい肉体は言うことを聞いてくれるし、痛みもない。

 だが改めて自分の体を見おろして、パレオは驚愕のうちに思考のパニックを余儀なくされた。


 ――うそだろ。


 しばし呆然とする。

 なんせ、体がうっすら透けているのだ。

 これは笑えない。

 死んでしまって、亡霊化し、未だダラウ・メリエの森に呪縛してしまったのだろうか。

 だがやはり見渡せば、あの森の幻想的な光蝶や羽虫はいないし、植物種の形態もどこか違和感がある。なにより、樹木たちが異様に若い。

 もしくは、死んだショックで精神だけまったく別天地にぶっ飛んだか。

 もはや場所が判然とせず、だから余計に、白みがかる向こう側が気になってきた。

 ともすれば天国かもわからない。

 今さら自分の死んでしまった経緯を悔やんでも始まらないので、とりあえず「しょうがない」とつぶやき歩き出す。柔らかい土の感触は生きていると錯覚するぐらいリアルなのに、外見を鑑みればどうしたってパレオは幽霊か何かだ。まるで空気にでも溶けてしまったかのように、存在感がぼんやりしている。

 光の方をたどっていくと、そのうち森が拓けた。

 そこは、周囲を山々に囲まれた美しき巨大湖だった。

 しーんと静けさが漂う霧の中で、きらきらと水面が輝いている。

「……なんなんだ」

 ここはどこなんだよ、という疑問符をうかべて、立ち尽くす。

 これからどうすればいいんだろうと途方に暮れていると、どこからか、きゃぴきゃぴ笑い声が聞こえてきた。お、あの世の案内人でもやってきたかな、と淡い期待をもって耳をすましていると、それが急激に近づいてきて背後だとわかり振り返る。と、目の前に「きゃははは!」と小柄な人間が……いや、


 ――ちがう!


 って、え、えええ!? 止まる気配なくそれが思いきりパレオにぶつかってきてわたわたすると、しかし、すうっと体を突きぬけてしまった。背後の湖に向かって勢いよく着水し、ばしゃーん! と水しぶきがあがる。あっけにとられて、波立つ水面を見つめる。

「…………」

 どうやら、透けて見える肉体は、それだけでなく実体がないらしい。ならばなぜ地に立っていられる? と疑問も涌くが、今はそれ以上に気になることで頭が満たされる。

 なぜここに、


 ――精霊族がいる?


 パレオの体を通過した生き物……見た目明らかに水精霊のウンディーネは、はるか昔、とっくに滅んでいる種族だ。いや正確には、パレオの「ここ」がどこだかもわからない状況にあって、もしも「あの世」だとしたらありえないとは言い切れないのだが。むしろ死後の世界ならば居て当然だ、パレオよりもはるか前に死んでしまっているのだから。エレニクスによって腹にぽっかり大穴を開けられて気絶したのだ。俺は死んだの? そうです、と言われたらもはやいさぎよく受け入れるしかない。

 しばし呆然と、今しがたウンディーネが飛び込んでしまった水面をのぞきこむ。

 すると、今度はいきなり体が、ぎゅ――――ん! と水に引き込まれた。

「ぬあっ、なに!?」

 着水の音もなく不気味に水中を下へ下へと引き込まれる。

 やばい息が! とあせるが、不思議なことに苦しくない。

 ぐんぐん湖底に向けて引っ張られてゆき、さきほど体をすき抜けていったウンディーネの背中が見えてくる。水中にしては異常なほどのスピード感覚で、湖の底へそこへと暗闇の中を突き進んでゆく。

 人間ではまずありえない水中運動力と、水圧への対応力に、いったい自分の体はどうなってしまったんだと漠然とした不安がたびたび涌いてくるが、むろん答えは得られないのでとりあえず考えるのは保留にして、目の前で起こるウンディーネの登場と肉体の自動追尾という現象の正体を探る方を優先する。

 何やら下方がほうっと明るんでくるのを、パレオはじっと目を凝らした。

 やがてその全貌があらわになった時、パレオの脳内にある知識データに強い既視反応が起こった。その巨大なる世界の様相を、どこかで見たことがあるのだ。

「これは――――」

 ずぎゅ――ん! と記憶野からいくつもの映像が引き出されて、そのうちきらめく一冊をそっと手に取る。それは幼少期に読んだ、故郷クタラの歴史について記した書物だった。表紙をめくると一ページ目に、古代ウンディーネの伝承が記されている。


 ――挿絵に、湖底に栄える都が描かれていた。

 

 パレオの眼前にひろがっている街は、まさにその湖底の都だった。

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