31話
森中に轟いたスタットの声に、呼応したかどうか、まるで気まぐれそうにエレニクスが幼い肢体を躍らせた。ひとっ跳びで長大な距離を飛び、ベルリーテの死体上でくるりと回る。その死に顔をのぞき込むと、指先を輝かせた。幼体にはあまりにも不釣り合いな強大なる魔力が放出され、円盤と肉体の双方を包み込んでゆく。やがて死体だったベルリーテが、魔力に光る瞳を見開いた。
「――――ォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!」
地の底から、背筋も凍る狂気の声が湧きあがる。
声の主はほかでもない。帝国が監修した魔導士便覧で、強者として認められる上位ランク「A(エース)」に属し、エクス・カリバー強奪事件の間違いなく中心者として暗躍した魔導士ベルリーテだ。
パレオの握り固められたこぶしが、さらにぎしぎし力んだ。死んだはずの黒幕が目の前で復活してしまったのに、それを止められずただ茫然と眺めることしかできない。抑えなければゾンビに襲われるが、それでも、自分の不甲斐なさに腹が立ってくる。
眼の中に自我を取り戻したベルリーテは、自分が存在する場所――ダラウ・メリエの森林に視線をさまよわせた。持ち上げた己が手のひらを、しばし見つめる。
「ほお、これが……」
スタットの手を借りながら身を起こし、ゆっくり全身を見まわす。ふと、頭上を仰いで笑いだした。
「……命を、吹き返すという感覚なのか……」
主の復活に歓喜したスタットは、こぼれ落ちる涙をぬぐった。
「お喜びください、父上! 我らの願いがひとつ、成就したのです!」
まだ蘇った肉体に慣れないベルリーテを支えながら、スタットは宙空で一人踊っている子供――誕生したばかりの神を指さした。
「あれが究極のホムンクルス、神エレニクス!」
「……そうか、遂に完成したのだな」
目をつむり、ベルリーテはしばらくの時を感慨にふけった。次いで、周囲をうろつく死体の群れを見回し、同胞たちのあわれな姿に痛む面持ちをみせたが、パレオと目が合うしなに鋭い表情に変わる。
そのあからさまな殺意にパレオも顔をしかめた。
バチバチと視線を交わしてから「フフッ」とベルリーテが不敵な笑みを浮かべた。
「……帝国の差し金か。どうやらすでに、ここは修羅場のようだな。まさかもう来ているとは、相変わらず手の早い奴らだ」
対してパレオは、少しずつ回復してきた腕をあげて、ビシッとベルリーテに指を突きつけた。
「レイクンゴッドの頭首ベルリーテだな。帝国府超務庁正式剣士パレオだ。すでに死んでいる人間に言うべきかどうか悩むところだが、念のためはっきり告げさせてもらう。エクス・カリバーの強奪、および不正魔法使用の罪で処罰する。覚悟しろよ」
と言うと、ベルリーテは「くははっ!」と吹き出した。
死んだはずの人間が腹をかかえて笑っている、なんともおぞましい光景だ。
「――いや、いやいや、すまない。あまりに滑稽だったのでな、つい笑ってしまった。この状況でずいぶんな余裕をみせてくれる。つまり、できるというのか、お前に?」
「ああ」
と即答したがとんでもない。余裕なんかあるわけがない。
びっしょり濡れた額の汗をふいて、パレオはふるえる肺に深呼吸をさせた。
ひとりひとり、敵の数をかぞえていくとざっと四十。そのうちゾンビを全部ぶっ飛ばしても、神レベルの人造人間エレニクスとランクAの魔導士ベルリーテ、それに虫の息とはいえ古(いにしえ)の召喚術タトゥーを駆使する男スタットまでいる。
ばかげた戦力差だ。すでに何本も骨を折ってる負傷者VS神と愉快な仲間たち。結果なんかしなくたって見えている。しかしそれでも、見栄を張れたのにはちゃんとワケがある。これだけは本当に感謝できる黒腕の能力が、ようやっと教えてくれたのだ。
――アイツの到着を。
空気中をびつ、びつ、びつと叩く歪な音は、その者の速さを証す。
世界最強のア・チョウに次ぐ優秀な防衛ラインとして、その名を帝国中に知らしめた――犬ちゃん――といったら絶対「グウウウ!」と怒るだろうが、その頼もしい戦力は敵が気づいたときにはすでに腕を噛み千切っているという。口から吐く火炎弾は、地平を遠く焼きえぐり、帝国の安寧をおびやかす敵どもを殲滅せしめる。高度な魔法使いとして認められる手練れのベルリーテだが、その高速すぎる奇襲だけは予期できなかっただろう。
帝国№2の実力者|(いわんや実力犬)の「爆牙のゼリド」が、豪速を巻いて現れ、スタットが手にしていた「アストラル・エッグ」こと光る円盤を、
――ぶっ噛み砕いた。
ぱしゃーん! と粉々に散る破片とともにピシイィィィッ! と肩口から太ももにかけてベルリーテの肉体に亀裂が走る。
体が割れそうになりながらも、さすがはA格の実力を有すだけあり、即座に対応したベルリーテが高速の呪文を紡いで魔弾を撃ち返したが、シュン! と一瞬で消えたゼリドには当たらない。
「きさまあああああああああああ!」
スタットが絶叫する。混乱が招いてくれた最大のチャンスを、パレオはずっと待っていた。
ゾンビたちの気に触れぬよう心を無にして跳びだす。一体の顔面を踏み台にしてさらに空へあがり、思考は完全に無に帰しながら、おもむろに舞い振り放った黒刀で、
――――エレニクスの首をぶっ飛ばした。