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選王の剣  作者: 立花豊実
第六章 ~神エレニクス~
30/71

30話

 ――どさっ。

 スタットが語り終えるより前に、パレオの膝は折れてしまった。ゼエゼエ息が切れ、剣を持つ手が痺(しび)れる。ゾンビ群はパレオを環状に囲み、胴体を揺らしながら待っていた。おそらくは「蘇生」された際に仕組まれたロジックだろう。斬りすぎて、いい加減わかってきたが、怒りを示すと襲い掛かってくる。

 絶体絶命のさなかにあって、思考はやけに落ち着いていた。沸き立つ激情を意図して鎮める。

「ゼエ、ゼエ――、たいそうご立派な魔法史だが、旺盛した技術進歩の結果がこれか? ……ゾンビを生む神なんざ、とうてい祈る気になんてなれないぞ」

 休ませている腕の代わりに、パレオはあごを使って死体たちを指し示した。あきらかに未完全な蘇生は、死人を中途半端に「生」にぶら下がらせているだけだ。

 スタットは「そうさ、たしかに」とはじめた。

「肉体だけ再構成しても部分的な細胞が活かされるだけで、生き返ったとは言えない。その人物を、その人物であると定める最大の情報――記憶や感情が欠落しているからな。だが、つまりはそれがカギだ。人物を定義する情報『記憶』を保存(レコード)することさえできれば、すなわち『蘇生』は為せてしまう。逆に問おうじゃないか、柴腕のパレオ。もしお前と瓜二つそっくりで、さらにお前とまったく同じ記憶と性格を有している人間が現れたとしたら、誰がそいつを『お前ではない』と言うことができる」

 微笑むスタットに、パレオは答えなかった。自分とまったく同じ姿かたち、記憶、性格を持つ人間が現れるなんてこと、自分であるかどうか鑑みる以前に『あってはならない』と否定すべきだ。記憶や感情は、何人たりとも奪うことのできないもっとも尊い個のアイデンティティーなのだから。

 それを複製だの人造だのと軽薄化する話に、もはや付き合ってなどいられない。

 パレオが少しでも体力回復を図ろうと押し黙った時間を、スタットはあっけなく切った。

「不満そうな顔だ。もはや倫理や観念で片づけられる時代ではないというのに。ホムンに次いでサマンの技術を会得しているんだぞ? そろそろ理解しろ。俺たちには、蘇生はもはや不可能なものでなくなった。人間を定義する情報の保存は古代、とっくにサマンが実現している。その人間の肉体製造を為すホムンの技術も、ここにきて集大成を遂げた。そしてその人体創出に要する巨万の魔力は、我らが神エレニクスが叶えてくれる。それぞれが合わさることで『蘇生』は完全化する」


 ――フハハハ。


 高笑いしながら、スタットはふらふら歩き出した。その足取りの先で何を為そうとしているのか、パレオにはおおよその見当がついている。が、動き出そうにも、今の体力ではゾンビの群れをどうすることもできない。たとえ死者を蹴散らせても、その先には最大の強敵エレニクスがいる。伝説由来の化け物にボロボロの体で勝てるとは思わないが、ゼリドの援護という『チャンス』がまだ残っているのだ。希望が見えている限り、ここで安易にくたばるわけにはいかない。

 機会を待ち、じっとしているパレオをしり目にスタットは素手で地面を掘りはじめた。

 やがて一枚の青白い光体、――円盤を取り出だす。

「かつてサマンの領域で活躍した召喚士たちは、生命情報をレコードした媒体を『アストラル・タイ』と呼んだそうだ。ならって俺も、これをアストラル・エッグと呼ぼうじゃないか。サマンの召喚獣が実体を持たないゆらゆらな魔法であるのに対し、ホムンは個体を独立した完全な個として創出できる。その依り代となる基のデータなのだから、まさに人ひとり分の『卵』ということにならないか?」

 何者かの情報を宿した円盤――アストラル・エッグを見せびらかしながら、スタットはふたたび覚束ない足取りで歩み始めた。木の根元、――ある男が横たわる場所へと向かって。

「人間が卵から生まれたら、爬虫類になっちゃうんじゃないのか」

 皮肉を言って、内心「早くこい、イヌううぅ!」と仲間の救援を祈り続ける。正直、果たせるとは思わないが、ゼリドが間に合わなければ最悪、神様殺しを一人で完遂しなければならない。殺し屋を名乗って現れた謎の女剣士「エレノア」がただ者であるとは思わないが、魔弾で森を彼方(かなた)までえぐったゼリドが、まさか負けることはないだろう。

 

 ――たのむ、早く!

 

 懇願するパレオをよそに、スタットは横たわる亡骸――レイクンゴッドの頭首ベルリーテの前についた。しゃがみこみ、ゆっくりとその胴を抱き起こす。

「長いこと、苦労をかけました……」

 ベルリーテの死に顔にそっと触れて、スタットは涙をこぼした。

「この安らかな眠り、妨げることをお許しください。願わくば今一度、その力をお貸しいただきたいのです。永らく虐げられてきた我が一族の無念、晴らせるときはもう目前。帝国撲滅を必ずや果たし、ともにその瞬間を祝おうではありませんか」

 スタットは円盤をもろ手に掲げて、大声を張った。

「神エレニクスよ、我が父ベルリーテに命を与えたまえ!」

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