25話
おそらくはゼリドも、大掛かりな魔力を使用して肉体的に万全の状態ではなかっただろう。魔法を扱えないパレオには、実際のところそれがどれほど体に負担となるのかはわからない。だがこれまで幾度もの戦闘を経験してきて、血管、内臓器官がヒトの何十倍もの速さで荒んでゆく魔道士たちが、往々にしてどのような末路をたどるのかはよく見知っていた。
それが優秀であればあるほど、偉大なる功績を残せば残すほど、魔道に準ずる者の老い先は極端に短くなる。
――――無茶するなよ。
そう念じながら、パレオは相棒の好戦に応えるためにも全力で森林を駆け抜けた。鬱蒼とする木々枝葉をかき分けながら、しかし胸をよぎるのは悪い予感ばかりだ。
そもそもスタットが剣の強奪者だと知れた時点で、どうしても解せない疑問があった。
――なぜ、やつらは『ここ』にいたのか。
本来であれば、剣を奪った時点で目的は達しており、見つからぬよう聖地ダラウ・メニエから遠方へさっさと逃げていたはずだ。
それでも、やつらはここにいた。
つまりこの森の中に、帝国に見つかるリスクを背負ってでも、留まるべき何かしら理由があったのだ。
その謎がどうしても引っ掛かり、次第に苛立ちが募っていく。
さらに、ほかにも懸念することがあった。
ホムンスミスのスタットが語っていた――神を創りだす――エクス・カリバーから魔力を抽出せしめる技術が、本当にあるとするならば、もはやパレオ一人の手に負えるものではない。
スタットをこのまま逃がしてしまうのは手痛い失態ではある。だが慎重にことを運ぶのであれば、闇雲に深追いなどせず、帝国本部にしかるべき措置をゆだねるべきなのだ。
そう頭では理解していても、自分にとってもっとも苦いものを噛みしめながらパレオは走り続けた。
またも「身勝手なことを」と叱責されるかもしれない。「何度繰り返えせばわかるのか」とバカにされるかもしれない。悪くすれば、単に無駄死にする可能性もある。
それでも――、退きたくはない。なにより頭をかすめるのは、旧友が紡いでくれた言葉。
『――パレオは帝国の正式剣士として剣を取り戻しにきたのよ! この街を救うために、ちゃんと帰ってきたんじゃない!』
たとえ王など到底およばずとも、命を落とすことになっても、信じてくれた友に、せめて応えたい。十年ごしに得ることができた己の過失を挽回できる機会に、背を向けたくはない。
あらゆる想念を抱いて跳んだ茂みの向こう側。着地した場所から見渡せた景色に、しかしパレオの思考は驚愕のうちに停止した。森の最奥に位置するその場所には、あるはずのないものがあった。
『――――不届き者は近づかぬこと』
くたびれた木面の注意書きを見て、おもわず手を伸ばす。
「…………なんで、だよ」
十年前、パレオは確かにこの場所を訪れている。立て板は、ここにあったものだ。そして、その向こうにのぞく、巨大な白石の台座。ありえないと自分に言い聞かせても、それは現に目の前に存在している。
理解が追いつけなくなる。なにせ今しがた見て来たばかりなのだ。剣が台座ごと奪われて、ガッポリと地面が抉られてしまった聖なる場所を。なのに、今まさにパレオの眼前に、十年前となんら変わりなく、白き台座とともに、伝説の剣「エクス・カリバー」があった。
「…………どういうことだよ」
「不思議だろうな」
背後から、スタットがゆっくりと現れた。先のダメージの蓄積からか息を荒げながらも、種明かしを始める。
「剣は、前の場所から一ミリも動かしていない。周囲の『環境の方』を、すり替えたのさ。……言ったろう? 剣から魔力を抽出する技術があるのだと。ならばわざわざ苦労してまで運び出さずともいい。時間さえ稼げれば、それで事足りてしまうのだから」
もはやスタットの言葉など、耳には入っていなかった。
それよりも目に映る光景があまりにもおぞましかった。
死体の山が、視界いっぱいに広がっている。
皆が皆、背に金字で「神」と掲げる黒地のローブを羽織っている。台座の周りに積み重ねられたそれら無数の人の死骸から、得体の知れぬ「何か」がやんわりと昇ってゆく。自然、見つめる先が頭上へとシフトしてゆき、やがて「それ」が目に入ったとき、パレオの心臓がドクンと高鳴った。
――――神。
見上げるほどの装置が、そこにはあった。
浮遊する幾つもの球体がエメラルド光を帯びながら、互いにビリビリと魔力なにがしかのエネルギーをやり取りしている。光の連鎖をまといながら、白き台座と豊満な魔力圧を放つ伝説の剣エクス・カリバーからバリバリと光を吸い出している。
しかし、かつて憧れた剣や巨大な装置よりも、パレオの目を引いたのはもっと頭上、中身の透けた円筒状の容器だった。液体で満たされたそこに、ひとしきりボコボコと泡が昇ると、ゆっくり内容物があらわになる。
「…………これが、神だと?」
「そうだ。俺たちはエレニクスと呼ぶ」




