24話
パレオは黒刀を構え、その刃を瀕死のグラン・フォルフラムに向けた。
だが、眼前に立つ見目怖ろしい図体からは闘気よりもむしろ理性が戻っていくように感じられた。黒コゲのグラン・フォルフラムはゼリドによって負わされた大ダメージで乱れた呼吸を繰り返してから、やがて静かに口を開いた。
「俺が、見誤っていた、のか……。勝てると、思った。召喚の術――契約で命さえ張れば、たとい帝国の使者といえども、焼き消せると、信じた。……間違っていたのか」
「アンタは強かったさ。……こっちだってビックリなぐらいに。ただ、帝国には及ばなかったな。あんたよりもよっぽど、あの犬の方がバケモノじみてたってことだろ」
「グウウウ!」
と背後からキレられて「嘘だけど」と付け加える。
パレオとゼリドのコンビを、しばらく押し黙ってみていたスタットから、まるで一つ一つ肉体を構成する素材が剥がれていくように、光の粒子がこぼれはじめた。やがて元の人間の姿へ戻っていくと、悔しそうに笑いだす。
「――――俺の負けだ」
その言葉が戦闘を完全に終了させたと確信して、パレオは剣を収めた。
「なら、そろそろ聞かせてもらえないか。先の召喚技術『契約』についてもそうだが、いろいろ吐いてもらわなきゃならないことが山ほどある。とりあえずエクス・カリバーの在りかだ。俺はそれを知るためにここへ赴いたんだからな」
突然「ふっ」とスタットが笑みをこぼした。
「いや、ここで答えるには及ばない。知りたくば付いてくるといい。許可しよう、紫腕のパレオ。おまえにも、」
――神を崇めさせてやる。
すっぱだかのまま、スタタタ! と男が全力で逃げ始めた。臀部が露わなその背姿をみせつけられて、またも盛大にため息をつく。
「もうホント疲れてるってのに……かんべんしてくれよ」
グチをこぼしながら、逃げ出したスタットのおしりを追いかけてパレオが走り出すと、ゼリドの俊足が先に前へ出た。スピードであれば帝国内随一の足で追いかければ、案外すぐに片が付くのでは――と、思ったそのとき。思わぬ方角から刃がひらめいた。豪速の一撃――刀身がツバから切っ先にかけてゆるやかに曲線を描いてゆく剣『シャムシール』が空を切った。
あやうく真っ二つにされそうになり、ギリギリのところでシュヒン! 超速で避けたゼリドの白い毛が、いくつか散ってふわふわ舞い落ちた。自分の大好きな『毛』が勝手に刈られたことに怒り心頭して、ゼリドがブチ切れる。
「グウウウ!」
鋭い牙をむいて威嚇した上方、見やると大樹の枝に見知らぬ女が立っていた。今しがた振り払われた刃シャムシールを手に遊びながら、楽しそうに微笑んでいる。その余裕そうな風体に、ただならぬものを感じて、パレオは手にじわりと汗を握った。なにより、
――速い。
ゼリドへの攻撃からさらに樹の上に退避するのに、その軌道が一切目に映らなかったのだ。
「おおこわい! 白いワンちゃん……、うわさに聞く帝国の防衛ラインだろ? 意外と可愛らしいと思ったが、やっぱ訂正すっか。そしてそっち」
シャムシールを楽しそうにくるくる回す女剣士がパレオをちらりと見やった。
「紫腕のパラコニソス……?」
「パレオだ! パ、しか合ってないだろ!」
「えー、いいじゃんよー、どっちだって」
けたけた笑って、お腹をかかえる。
左頭部で一本に結んだ長髪が、首のうしろを右側へ流れて胸元に返る。細身の腰回りはしなやかにくびれ、臀部で再び輪郭がわずかに膨らむ。見た目は麗しい女性だ。だが、その華奢な体つきからは想像もつかないほどの「鋭気」を、パレオは黒腕を介して感じた。おそらくは何かしらの「魔器」を仕込んでいるか、あるいは人間ではない血を通わす種族かだ。
麗しい外見に反して、ひどく野蛮じみたオーラを発する女剣士はうやうやしく、また、わざとらしくドレスの裾を手に取る素振りで、ふかぶかとお辞儀をしてみせた。
「お初に。野蛮な男どもが振りかざす剣の時代に、一際華麗に咲く一輪の花『エレノア』と申します。以後、重々注意を払いのうえよろしく。帝国従者専門の掃除(ころし)屋だから」
「また変なのが出てきたな……。あんたもエクス・カリバー強奪の共謀者なのか」
「どうかな」
「エクス・カリバーがどこにあるか、知っているのか」
「そう焦らなくとも、アイツを追っていけばわかるって。――ほら、行きなよ」
スタットが逃げ去った方角を指差して、自らをエレノアと名乗る女が微笑を浮かべた。
思惑が読めず、しばらくにらみ合っていたが、今はスタットの逃亡を防ぐほうが先決だと判断したパレオはゼリドと同時に走り出したが、またしてもエレノアがゼリドに斬りかかった。
「おいおいおい、ダメだよ、イヌは厄介だ。行くならパラコニソス一人で行くんだ。その代わりにワンちゃんとは、私がたっぷり遊んでやるよ」
「グウウウ!」
ゼリドとエレノアが険悪なオーラでバチバチ視線を交わす。
――だからパラコニソスじゃないっての!
と内心憤慨しつつ、頼れ過ぎる相棒ゼリドに視線を送る――どうするのかと。すると、いつにも増して機嫌が悪そうなゼリドは、顔をプイと背けてしまう。それが「早く行け」という意思表示だということを、なんとなく、たぶんそうだと解釈してパレオは再び走りだした。