22話
炎の化身が撃ち放った魔弾が膨張して、視界を光が満たしていく。途方もなき幻獣の魔力に対して、唯一対抗しうる手段――エクス・カリバーに呪われし黒腕を、パレオはクロスさせた。前方に展開する呪いのバリアで魔力は遮断できるが、魔の強さうんぬんより前に、寄せる爆風に圧されて体が後方へ飛ばされる。
背を打ちつけてごろごろと転がる途中、受け身をとって力を往なし、なおも続く強烈な風に刀身を地に突き刺してあらがう。
全身を打つ膨大な熱波を黒腕でふせぎながら、溢れんばかりの光の中へ目を凝らした。
スタットの体に憑依した魔炎のバケモノ――人知をはるかに上回る幻獣――の力から放たれる魔弾の一撃は、生身の人間であれば瞬く間に焼身にしてしまう圧倒的なレベルだ。いくらゼリドが帝国の優秀な防衛ラインと認められる戦士とはいえ、直に食らったとあればただでは済まないだろう。
――くっ。
爆心地へ、パレオは駆け出していた。
「このバカ犬! 厄介かけさせやがって!」
大声で毒づきながら、パレオは歯を食いしばってゼリドを助けに向かった。ふりかかる魔力波を黒腕の拒否能力で破りつらぬきながら、白く見えない光の世界へ飛び込んでゆく。だが一際強力なエネルギー波が両腕を押し返してくるとすぐに、吹きすさぶ魔の圧力が変異したことに気付く。豊満な魔力が放つベクトルが、急激に矛先を変えはじめたのだ。
「なんだっ!?」
光に満たされた世界の中心地、炎の化身グラン・フォルフラムとゼリドがぶつかり合ったまさにその場所へ、ずぎゅ――――ん! と、急速に魔力が縮まってゆく。音も光も魔力も風も、すべてが一点へと集束していく。よもや自分の体までもが引きこまれそうになるのを、パレオは急停止させた両足で踏ん張り耐えた。と、再びベクトルを変えた猛風が、パレオの体を後方へかっ飛ばした。これが三度目となる転倒に左腕を痛めて、さすがに顔を歪める。
腕をかばいながら前を向くと、そこに居たのは――、
おんなの子だった。
白く澄んだ長髪が、宙へふわふわ舞う。
くびれた腰回りと背筋に通る筋がすらりと伸びて、無駄のない美しい身体のフォルムがどこか野性(ワイルド)を思わせる。頭部にちょこんと生えていたもの――イヌ耳――が、ぴょこぴょこ揺れた。あるはずのないその素っ裸の背姿に、パレオは何故にどうしてかを思うよりも先に、美しさに見入ってしまった。
いや、―――え?
完全に思考のフリーズしたパレオの目の前で、少女がすっと右手を伸ばし、指先よりも少し浮いた上方に「青い焔」を盛らせた。まるで怒りの感情を吐露するように、火であるはずのその火炎玉が、周囲にバチバチと電撃を伴する。
唖然として見つめていると、半身だけ振りむいた少女が「ぐううう」と、ワザとっぽく威嚇した。そのとき、ヒトにしては異様に長く立派な犬歯がちらりと見えてまさかと思う。
――――ゼリド!?
いや、そんなワケないでしょう? イヌは人間になんてなれないでしょう?
と、今しがたスタットが炎のバケモノに化けた事実をも忘れて、脳内が混乱の二字でいっぱいになる。己が打ち放った最高の一撃がもたらした結果が、目の前に立つ少女の出現であることに、おそらくはパレオ以上に脳内がカオスと化しているスタット――眼前で起こった不可解なる状況に立ち尽くすグラン・フォルフラムに、再び少女が体を向けた。その指から昇ってゆく得体の知れない、されど圧倒的にヤバそうな予感をあたえる焔に、これから起こり得るだろうことを想像して、おぞましいフォルフラムの顔面がさらに歪んだ。
恐怖におののき強張る敵の顔面へ、おんなの子――おそらくはゼリド――は、考える風にしてから一瞬の間を置いて、指先でバチバチと尖り続けている焔を――――、
ドッ、ゴオオオオオオオオオオオォォォォォォ――――――――――――――――ン!
ぶっ叩きつけた。超・爆発する。
パレオの知るかぎり最高の魔法攻撃を、かるーく更新せしめるソレが目の前で起こされた。もはや剣を刺した大地でさえ瓦解する圧倒的な破壊が周囲全空間へはじけ、もはや受け身をとるすべもないほどぶっ飛ばされる。パレオは大樹の枝を何本を折りながら、かろうじて視線にとらえた太い幹にしがみついた。前方へ見通せる限りを越えて、彼方へ飛び貫いてゆく青き炎の稲妻は、莫大な光量と衝撃音を生みながらグラン・フォルフラムの巨体を視界から完全に消失させた。
バチィ、バチバチと、稲妻が全方位へ飛び散り、吹き荒れる。勢いで流れてきた攻撃的な魔力の余波を、あやうく顔面に食らいそうになって慌てて黒腕で弾き消す。呪いによる特殊能力がなければ、ともすればパレオでさえヤバかったろう魔力の超高濃度が腕を介してビンビン伝わる。
強かに打った全身のあちこちで痛みが走って、うめく。まだ動く右腕の拒否能力でなんとか余波を耐えしのいで、硝煙と砂塵が霞む向こうに目を向ける。少しずつ晴れてきた視界のなかを確認して「うそだろ……」とつぶやく。とてもではないが、動物が単体でつくったとは思えないほどデカい「クレーター」がデキあがっていた。




