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選王の剣  作者: 立花豊実
第五章 ~グラン・フォルフラム~
20/71

20話

 べきごりっ! と骨を砕く拳の感触から、確かな手ごたえを得る。

「グガアアアァァァ――――!」

 声を荒げてフォルフラムの巨体が吹っ飛んだ。

 エクス・カリバーに呪われ、魔法に対して絶大な拒否能力を持つパレオの紫腕の一撃が、スタットの芯の奥に深々と突き刺さる。スタットの全身にまとわりつく炎がパッと消えて、代わりに豪速で弾かれた肉体が地面を跳ねながら血を散らした。やがて大樹の根元に叩きつけられると、ごふっと吐血する。

 ――――バカな、ありえない。

 ゼェゼェ息を切らしながら、スタットが契約タトゥーで定着させていたはずの幻獣の力が、自身の体からみるみる剥がれ落ちてゆくことに驚愕の顔を呈する。まるで漏れ出てしまう幻獣の魂をかき集めるようとするかのように、地面をがりがり掻き出したが、

「ごふっ」

 口から再び大量の血を吐いて、苦しむ表情のままうずくまってしまう。

 炎上する森林のさなかにあって、パレオの周囲だけまるですべてを拒絶するように無音無風だ。どこからともなく白き大きなパピオン犬――ゼリドが、パレオのもとへ飛んできて、くるりと丸くなった。すると、自分のしっぽをぺろぺろしだす。この犬だけは、本当に何を考えているのかよくわからないなと思いつつも、パレオは自身の中に宿る黒い力を鎮めようと徐々に意識を集中させた。

 ドス黒いオーラが焼け焦げた両の腕から幾度か出入りする。深呼吸を繰り返してやがて落ちつきを取り戻すと、持ちかえた黒い刃を思いきり地面に突き刺した。大地を媒介として拒絶する力が周囲へかっ飛び、瞬く間に炎上していた森林の火が沈静化する。

 未だ動くことのできないスタットの不可思議なものを見る目に対し、パレオは黒腕を振って応えた。

「呪いだ。むかし、エクス・カリバーに焼かれた」

「…………なるほど、な。聞いたことがあるぞ。帝国に〝スゴ腕の剣士〟がいると。そうか、お前が、その…………」

 しゃべりながら、スタットは動きの覚束ない手を懐へのばすと、小さな注射器を取り出した。中身が緑色に光っているのを見て、すぐにそれが濃度の高い「魔源素」だと気付く。

「やめろ! 何度やってもムダだ!」

「死なら、覚悟して、いる。それに、認めようじゃないか、紫腕のパレオ。お前は確かに強い。だが、俺とてただで死ぬわけにはいかない。お前は、果たして〝これ〟に耐えられるのか?」

 今ひとたび眼光を赤く燃え上がらせて、スタットがぶすっと頸動脈に注射針をぶっ刺した。どくどくと濃厚な魔源素が体内へ注ぎ込まれると、全身から蒸気を吹き荒らして、肉体が痙攣し、再びベキゴキと骨格を変化させてゆく。

「……くそ、こんどは何をする気だよ」

 先とは明らかに違う変態の仕方をするその異形に、背中を冷たい悪寒が過ぎった。

 轟々と燃える全身は同じだったが、頭部から鋭いツノがぐんぐん伸びゆき、背からは体全体に匹敵するほど巨大な翼を広げ出だす。牙、爪、そして眼光までもがぐぐぐ、とまるでパワーアップしたかのように太く、長さを増した。


 ――くくく、ははは、あはは、ハーッハッハッハ! 


『素晴らしい感覚だ。これが幻獣フォルフラムの王、優れた戦闘能力を持つ怪物――「グラン・フォルフラム」の力か!』

 声質をバケモノのそれに変えて、嬉々として語るスタットの眼光が、急激に輝度を増してパレオに注がれた。幻獣フォルフラムの王――、ただでさえ永遠に葬り去られ、現存するはずのない召喚士の技術『契約タトゥー』なのに、もはや聞いたこともない幻獣の名が飛び出して、いっそプレミア感すら覚える。だがここにきて命の奪い合いが正念場を迎えることを予見したパレオは、いよいよ覚悟を決めた。手にジワリと汗をにぎる。

「イクゾ!」

 かつて存在していた幻獣フォルフラムの王「グラン・フォルフラム」と化したスタットが、地面を蹴った――、その箇所がまるで爆発するように四散した。猛烈な勢いで迫る巨体に、即座に剣で応戦しようとするが、あまりにも速かった。炎の拳で繰り出される一撃が、パレオの認識できるスピードを越えて、猛速で襲い来る。

「シャアアアア!」

「ぐっ!」

 横腹に、豪炎の拳をぶっ叩きこまれ、パレオの体が優々と数十メートルも飛ばされる。

 転がる途中、がっと黒剣を大地に突き立てて、なお勢いを余す肉体を何とか制止する。口腔内で濁った血の味を、ツバごと吐きだしてすぐさま体制を整えて敵の力を分析する。

 ――あまりにも速い。

 ほぼ認識できぬうちに一撃を見舞われた。正直、やばいやばい、と内心の驚きを隠せずに引いていると、幻獣の王グラン・フォルフラムの力を得てご満悦のスタットが高らかに笑った。

『わかるか? これが、力だ! クハハハ! ―――――ウグッ!?』

 だが、そう言うスタット自身も、がくん! と膝を地ついてしまった。――ヌグウウ! と、己が肉体の制御できぬことに苛立ちの呻き声をあげる。


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