19話
スタットが手に宿した火炎魔法――、得体の知れない嫌悪感を放つ赤色の光玉を、顔面に叩きつけられそうになる。ごう! と唸る豪速の突きを、ぎりぎりのところで避けると、パレオはお返しとばかりに黒刀で峰うちを狙った。だがまるで攻撃が避けられることを、そして、すぐに反撃されることを予期していたかのように、スタットはその顔に笑みを浮かべた。
「――――な、に!?」
次の瞬間、パレオは驚愕して攻撃の停止を余儀なくされた。
轟々とたぎる火炎魔法の玉を、スタットが自身の胸部に打ち付けたのだ。ドン! と体が小さく火を噴いて、熱波が飛んだ。まるで溢れるように強烈な光が全身の節々から漏れだし、みるみるうちにスタットの体が異形と化していく。グキッ! ゴキベキッ! と骨格が歪みながら肥大してゆき、固まり見つめるパレオの視線が少しずつ上向く。
やがて見上げるほど巨大な炎のゴーレムと化したスタットが、
「グ、ゴオオオオォォォォォォ!」
と禍々しき図体を大きくのけ反らせて雄叫びをあげた。
おもわず、ごくり、と唾を呑む。
かじる程度ではあったが、帝都剣士の修練生時代に魔法について学んでいたパレオは、その異形が意味するものを知っていた。
「…………どこで手に入れた…………」
『オドロキ、か?』
全身を炎に包まれた巨大な化け物――もとは人間であったその口から、熱波をあふれ出させながらスタットは応えた。
『古代召喚士の遺物『フォルフラム』だ。召喚によらず、我が身に宿す。それによって自らが召喚獣たちの力を得る。…………これもまた、帝国が禁忌とした技術の一つだろう』
「現存する召喚士の遺書はすべて破棄されたはずだ!」
『どうかな。往々にして『狡猾』な帝国の言うことなんざ、端から信じない方が身のためだぜ? と、言ってもこの場で窮地に陥っているのでは、もう遅いか』
クハハハ! と笑う燃えるバケモノ「フォルフラム」。
絶滅した存在――今は亡き『幻獣』たち――は、朽ちた肉体の代わりに自然界に存在する鉱物や大樹といった形あるモノの中に己が精神を『遺した』と言われている。古代の民の中には、そうしたものを『啓示』として奉り、永らく畏敬していた時代があったそうだが、やがてその秘密を暴いた一部の種族が、遂にパンドラのふたを開けた。
魔力で刻まれた幻獣たちのレコード「召喚盤」から、特殊な魔法技術によって中に宿る幻獣の精神を具現化――『召喚』することに成功したのだ。
ひとたび姿を現せば強力な力を示す幻獣たちを司る彼らは、その昔「召喚士」と呼ばれて畏れられた。何せ『怪物』を自由自在に出現させては操ってしまう。
召喚を司る一族は古くに滅んだと伝えられるが、その技術は幾つもの書き物によって遺されている。その一つ、自身の肉体に幻獣の力を宿す術「契約」。魔法のアイテム「魔器」と並べて危険視され、帝国が世界各地に散らばっていた技術書を掌握して、すべて破棄した…………はずだった。
だがその滅んだはずの古代の技術を、いまパレオは目の前にまざまざと見せつけられている。出所の調査や対応、それにまつわる多くの事後処理を考えると鬱蒼とする。
「また厄介な問題を持ちだしやがって」
どしん、どしん! と一足一足地響きのような音をともして体勢を整えると、スタットが答えた。
『悩むことはない。なぜなら、』
――お前はここで終わるからだ。
ごう! と音を立てて、炎のバケモノ「フォルフラム」と化したスタットの肉体が熱をたぎらせた。炎の端が一際勢いよく舞い上がると巨体とは似合わぬ俊敏さで動き出し、豪速で拳が繰り出される。
「シャアアア!」
「――くっ」
一発を避けると、「シャアアア!」と再び雄叫びをあげて一発、二発と連続する。
炎の連撃をかろうじて避け続けて後退していくと、スタットの炎が周りの植物に飛び火し、周囲一帯が火の海になっていく。――くっ! 相手の動きを一発一発見定めながら、奥歯を噛みしめる。あらゆる魔法を拒む特殊な黒腕を有するパレオにとっては、見た目が派手な魔法の炎よりもむしろ、巨体から放たれる単純な打撃のほうがよっぽど脅威だ。たとい魔法を拒む身体で炎を耐えてしのげても、大砲じみた拳を一度でも食らえば、ただでは済まない。
だが、あえてパレオは狙った。
集中して回避に専念していると、すぐに全身が汗ばんでいく。顔から頬を伝って流れていく汗が、俊足で動いた肉体に追いつけず、ぱっと飛び散った次の瞬間だった。
炎の中にある極わずかなスキを、見貫いたパレオが地面を蹴り飛んだ。
呪われた腕がパレオの中に宿す、攻撃的な本性を暴発させて叫ぶ。
「うおおおぉぉぉぉ――――!」
その闘気にまるで呼応するかのように、スタットが口をかっ開いて叫んだ。
「グゴオオオァァァ――――!」
がん! とぶつかりあう拳と拳。みしみしと唸り、拮抗する炎腕と紫腕から、どごんと闘気が周囲へぶっ飛んだ。腕から肩にかけて猛烈な圧と痛みが走り抜け、パレオが顔をしかめる。だが一瞬の狭間、魔法を拒絶する力によって炎がひるむのを見て、パレオは呪われし黒腕をさらに豪速で振りぬいた。スタットの腕から魔法が一瞬で解けて掻き消え、フォルフラムとしての巨大な全身とは、あまりにも不釣り合いな人間の腕へと戻る。
腕ごと重心が急変して、どしん、どしん! と揺らぐフォルフラムの懐へ、パレオが豪速で入り込む。熱波に晒されながらも、続けざまに黒腕の一撃をスタットのみぞおちへとぶち込んだ。