18話
伝説の利用をまるで躊躇なく語るスタットの赤い眼は、人間が体内に留めておける魔源素の閾値をはるかに凌駕している。赤々と光る双眸に悪魔じみたオーラを感じながら、パレオはア・チョウが語っていた組織の名を思い返していた。
帝国が以前より警戒していた集団の名は「レイクンゴッド」。そしてその頭首であるベルリーテは、帝国が把握する魔道士データ「魔術師便覧」の中で、個々で大戦を起こすと謳われる七人のランクS(スペリア)たちを除けば、最上位のA(エース)に属している。さすがに選帝侯や聖騎士とまではいかなくとも、戦闘となれば十分すぎる脅威だ。帝国剣士として身近にA級の魔道士を見知っているパレオには、尚のことその危険度が認識できた。
スタットが=組織の長ベルリーテであるかどうかはわからない。だが、ただならぬ『眼』の色に、自らの黒腕が警告している――油断するな――と。
黒刀の切っ先から決して闘気を消さずに、パレオは問うた。
「ますます剣を取り返さなきゃならないわけだ。そろそろ答えてもらおうか。エクス・カリバーはどこにある」
「それを易々と明かしたら、魔力を整えるために『稼いだ時間』が意味なくなるだろう。ここで語ることが、外へ流される方法がないとも限らないからな。悪いが帝国が狡猾だってことは重々承知なんでね、しっかり警戒させてもらう」
「洗いざらいしゃべっておいて、今さらじゃないのか?」
「核心的なことは何一つ言っちゃいないさ。あんたら帝国の上層にも、粗方のことはどうせ見抜かれているだろう。エクス・カリバーがホムンクルスの製造に係ることぐらい知られてもなんてことはない」
「んじゃ、しゃべる気ゼロか。手柄はあんたを連れ帰るまでおあずけってことじゃないか。…………抵抗するつもりなら、容赦できないぞ」
「それは俺とて同じことなんだが」
笑って、スタットが手の中を光らせた。
赤みを帯びた魔力の奔流がうずまく。瞳が、一層に輝き満ちる。
肌をなめる魔力の嫌な質感に、パレオは顔をしかめた。
「一応、忠告しておく。帝国に刃向うなんてバカなことはするな。聖騎士も超務庁も、そして軍も、あんたが思っているよりもはるかに強大だ。神の図画工作だかなんだか知らないが、惨めな結果が生まれるだけだ。エクス・カリバーを返し、しゃんと謝罪の意を示せば、今からでもきっと収められる。おとなしく投降してくれよ」
「ハハハ、ご丁寧にありがたい。だが、逆に問うぜ? お前はなぜ帝国に加担する。あの強権体制のどこに正義があるっていうんだ? 今まで一度も考えたことはないのか? 世界は巨大な力に怯えてミスリードを知らぬ存ぜぬで見過ごしている。間違っているのではないかと、一度でも疑問を呈したことはないのか。正さねばならぬと、使命感を抱かないのか。あるいはのうのうと生きるのか? これからも犬として飼いならされていくというのか。本当にそんなことで善いのか」
バチッ、バチバチ! と、スタットの手で光るドスの利いた魔法光玉が、音を立てて形を歪めた。
幼少期に故郷を追われたパレオにとって、その要因の一つとなった帝国は確かに憎むべき存在だった。一時は滅んでしまえと本気で願ってもいた。だが「てーこく、てーこく」と目に映らぬ漠然とした畏怖の対象としての「帝国」は、ある男の存在によって払しょくされた。超務庁の長官であり、皇帝の右腕、白平原を一人たたずむ帝国の最終防衛ライン「ア・チョウ」のことだ。パレオにとって帝国とは、もはやア・チョウその人のことを指している。死にぞこないの小僧の時分、しょんべんまみれた手を、つよく握りしめて導いてくれた。涙枯れて光失った瞳に、まるで親のように真剣な眼差しを注いで「まっすぐあれ」と教示してくれた。普段はお節介焼きの筋肉バケモノとしか思わない師の言葉だが、たまには尊重してやるかと苦笑する。
黒光る刀身に負けず、ありったけの眼光をともして返す。
「ああ、善いね。てーこくバンザイって感じだよ。それなりの文句があるんなら『神頼み』じゃなくて堂々と訴えろよ。俺だって、正当な言い分があるなら協力してやる」
「ははは、遠慮しておくぜ。どうやら折は合わないらしいな、互いに。言っておくが、訴えることができたならはじめから神など掲げない。言ったはずだ、先祖たちは命をとしてロムルーダを造ったのだと。はるか高みにある目的を、果たさんが為にだ。あんたに個人的な恨みはないんだが、」
――ジャマするなら死んでもらう。
ぐっと沈み込んだ体勢から、スタットが豪速で動いた。まるで今までかぶっていた人の皮を剥いで、猛獣の本性を顕したかのように。野性的な一直線の軌道で、間合いを瞬時のうちに詰める。