17話
「…………復讐…………ははは、そうだな昔はそうだったかもな。だが個人の恨み辛みなど、とうに超えた。神を創る、その一大事業に私情はいっそジャマだ。神座する天界とは揺るぎのなき場所、そうだろう? そうあらねばならない。感情にあれこれ左右などされていては、到底たどり着けない境地だからな」
「そうか。だからあんた、そんな視野の狭そうな眼をしてるんだな」
燃え上がるスタットの赤い眼は、明らかに体内で魔力なにがしかを揺り動かしている。戦闘態勢をじりじりと整わせつつあるその闘気を、身で直に計りながら、パレオは眉根を寄せた。
「神なんちゃらの創出が理想だってのはよーくわかったよ。けど、まだ腑に落ちないな。エクス・カリバーはなぜ盗まれなきゃならない。剣とホムンクルスと、何の関係があるってんだ」
横へ首を垂らしたスタットは、その燃える瞳を細めて答えた。
「ホムンクルスの製造は、たとえそれが最もスタンダードなものでも莫大な魔力を必要とする。聖騎士が畏れ吹聴した『兵器の大量生産』なんざ、そもそも眉唾なんだよ。本来、帝国がビクついた兵器としてのホムンクルス量産は、不可能なのさ。だからこそ一体だ。アーサーと剣によって打ち滅ぼされはしたが、先祖はすべてを賭してロムルーダという一体を生み出した。量産が可能なら当然二体、三体とけしかけるだろう? だがそれはできなかった…………伝説の王に、あと少し及ばなかった崇高なる一体。考えてもみろ、ロムルーダただそれ単体でさえ、向こう数百年は安泰できるバカげた魔源素を要したのだ。俺たちはそのうえ究極たる神の創出を目指したんだぜ」
「だからか」
エクス・カリバーが内包している莫大な魔力は、所持者一人をもって大陸の歴史を変えてしまう規模だ。
神という存在に見合っているかは知る由もないが、それでも、月夜に輝く刀身の神々しさをパレオは幼少期にしかと目に焼き付けている。背筋を走り抜ける圧倒的な覇気と、肌にびしびしと感ぜられる強大な魔力の圧迫感。ホムンクルス製造が必要とする途方もない魔力の所要量に、おあつらえ向きのアイテムということだ。
「でも、だとしても疑問だな。――一体どうやって、あの剣の力を制御しようってんだ。エクス・カリバーから魔力を抽出し、それによってハイレベルのホムンクルス製造を為す。理屈はわかるが、実際は不可能な所業だろう」
過去数百年の間、多くがその剣の力を得ようと尽力し、優秀な魔道士たちを擁す帝国でさえお手上げしたのだ。軽んじてはいけないもの、近づいてはならぬもの、そして触れることさえ禁じられたもの、それがエクス・カリバーだ。すべての者に不可侵・未到達の存在だからこそ、あの剣は伝説として認められている。
「一介の魔道士の手に負える代物じゃない」
両腕を焼き付けられたパレオは、忌まわしき自身の記憶を思い出していた。まるで堪えきれなかったように、スタットは「ふふははは」と笑いだした。
「誰も近づけない聖域と、そう言いたいんだろう? 帝国は剣を伝説として持ち上げ崇め奉り、他の者たちが接触することを意図的に禁じて目を背けたんだ。自分たちでは制御できないものを、勝手に操られることを阻止しようとして。だが時代は少しずつ、着実に変わってゆく。技術は絶えず進化する。その先端を行く者たちが、なにもすべて帝国に属する奴ばかりじゃない。世界はだだっ広いんだぜ? 時が経てば伝説は腐る。新しい時代を築く『優秀な逸材』たちが一人また一人と輩出される中にあって、エクス・カリバーといえども知恵・技術の進歩には勝てないさ」
「…………まさか、本当に剣から魔力を抽出してるのか?」
冷たい予感が、背中をすうと抜けてゆく。
大してスタットの顔からは先までの昂揚感が失せ、段々とつまらなそうにし始めた。
「欲し手を伸ばしても遠く、『お前ではない』と素質の足らぬことを突きつける高みの剣。だが、そんなのは剣そのものを得ようとする、原始的方法しか選べないバカだけだ。俺たちが欲したのは物的な『剣』ではなく、それが持つエネルギー、つまり中身だからな。王の素質などはじめから眼中になかった。引きぬく必要性がないからこそ、」
至極つまらなそうに、一言。
――だからこそ、台座ごと奪ってやった。
自らを犯人と明かすスタットは、気にせず言い続けた。
「…………抜く、じゃなく、中身の抽出をのみ目的とするんなら、遅かれ早かれ来る必然の結果だと思うがな」