16話
喜々として語るスタットに、パレオは心うち引いていた。
本来、人がヒトを設計的に造るという時点で生命倫理に反している。ホムンクルスの存在自体をよく思えないパレオにとって、スタットの語る『常人を超える』だなどという人造種の存在は、あまりに受け入れ難かった。
「人間の可能性をバカにしている。どんなに優れた生命体といったって、ありのままに向上してきた人類の尊さには及ばないはずだ」
「ははは、あんたも怖いんだろう。世界を統べてきた人類が、別種の高位生命体にその立場を覆されてしまうことが。命が持つ可能性は光溢れる未来の希望だろう。だが、裏を返せば絶望でもある。我々が動物を家畜として『喰われることだけを目的に生を与える』ように、他種族の繁栄は他種族の衰退を喚起する。人間を越えた生物、つまりホムンクルスの上位型が現・世界の支配種たる人間の命を、よもや軽薄なものへと変えやしないかと、どこかで畏れているのさ。帝国の騎士たちが考えそうなことだ」
まるで人類支配の世界を擁護する保守派に対し、その現状に疑問を抱く革新派のような言い分だった。
それでも、とパレオは返した。
「ヒトが他種族に及ぼしてきた悪影響を訴えるなら、ホムンスミスの行う種の『人造』だって明らかにその範疇だろう。理不尽な力で他を押しのけようとする行為なら、やっていることは一ミリも変わらないんじゃないのか」
言いながら、パレオは腰の鞘からゆっくりと剣を引きぬいた。
漆黒の刀身は、黒龍という古代神聖種の背骨から創りだした業物だが、パレオ自身はそれを色合いの好みだけで用いている。白く滑らかな刃は、どうにも『肌に合わない』からだ。
向けられた黒い刃の切っ先に、さして動じなかったスタットは鼻でため息をついた。
「おいおい、どうせなら最期まで聞いておいた方がいいんじゃないのか?」
「エクス・カリバーはどこにある」
自らをホムンスミスと語るスタットの、明らかに普通ではない語り口に、パレオはすでに確信していた。
――この男は、剣の強奪に関与している。
パレオの鋭い眼差しに一切怖気つくことなく、スタットはしかめ面で首を傾げた。
「そう焦るなよ、帝国の若造殿。さっきの話の続きだが、あんた俺らが造りだすホムンクルスが人間の悪行と変わらないと言ったな? だが考えてもみろ、所詮、人がヒトを罰することが規則されている世界だぞ。ホムンスミスが人造人間の創造を通して人に忠告を為そうとすることに、何の罪がある。人類支配が犯してきた過ちを正そうとしただけだ。それを気付かせようと尽力しただけだ。世に問うても圧倒的過ぎる帝国権力に、ねじ伏せられてしまうからこそ手段を選び、創りだしただけだ。そうさ、まずは力で屈せられぬよう、肉体からだった。自然界ではあり得ない才を有する生命体『ホムンクルスEX』は、凄まじい筋力を生まれ持つ。次いで魔力だ。魔法の扱いに長け、体内に常人では推し量ることも不可能な魔源を蓄積できる『ホムンクルスMGα』は、いかなる魔道士も及ばない。さらにはそれら肉体、魔力における能力を同時的に賦与されあらゆる面で秀逸な能を兼ね備えた『ホムンクルスΩ(オメガ)』。暗黒騎士ロムルーダはまさにこのオメガの領域だ」
「……まるで医薬品みたいなネームセンスだな」
ドヤ顔で語っていたスタットに皮肉を吐いて返した。ホムンスミスの語る内容を鑑みて、突きつける剣をそのままにパレオは改めてその異様さに顔をしかめた。
あのアーサーですら、苦戦した強敵ロムルーダ。その力を、実現せしめたホムンクルスの上位型であるホムンクルスΩ。果たしてそんなものが存在するというのか。造ることが、本当に可能だというのか。半分以上ついていけないままだったが、事の真相に近づきつつあると感じたパレオは「それで? そのオメガを造ってどうしたんだ」と続きを促した。
「造ったのは俺の先祖だ。あんなものは過去の遺物にすぎない。俺は、もっと崇高なレベルを欲して、目指した。まさにホムンクルス製造の頂点をだ。完璧な美貌、強さ、知性、体力、魔力、人をはるかに越えた、究極と呼ぶにふさわしきホムンクルスのタイプをな」
息を吸い、溜めたところでスタットは声を張りあげた。
「あらゆるホムンクルスを超え、人間や精霊族といったすべての高知能生物らの頂点に君臨せしめた設計! 俺は見出し、造り上げたのだそれが!」
――神だ。
「……神?」
「ああ神だよ。最高位に在らせられる究極の生命体だ。自然界では決して顕現することの叶わない圧倒的な存在だよ! ハハ、ハハハハ!」
興奮して笑い出したスタットに、パレオはいよいよドン引いた。
「狂ってる」
「いいや違う。狂っているのは帝国の騎士どもの方さ。かつて人造人間製造の禁止を強行した際、ホムンスミスの血統を根絶やしにしようと虐殺した聖騎士どもの方がよっぽど狂っている。以来、俺たちはずっと辛酸を浴びせられながら、這いつくばって生き延びてきた」
語るスタットの目の中に燃えるような赤みがこもったのを見て、パレオは思った。
「目的は帝国への復讐か?」