15話
「ああ少しだけな」と軽く首肯して、パレオは続けた。
「帝国の研究機関だって、昔は人造人間の応用だの何だのってやってたんだろう。だが何年か前に打ち切られ、以後規制対象の分野だ。俺も、現物は見たことがない。直接的な原因は非人道的な扱いが人間のお家芸だと、円卓の騎士が直訴したからだ。――ホムンクルスの用途はもっぱら奴隷や慰み物で悲惨な末路である――帝国内で聖騎士の権限は絶大だからな。それ以来、天地がひっくり返りでもしない限り、ホムンクルスは形式的に研究することさえできなくなった。一部で魔導師が秘密裏に進める計画があると、ウワサだけは残ってる」
それが、パレオの知る限りのことだ。しかし、スタットはすかさず首を横に振った。
「ちげえ、ちんけな円卓を囲む聖騎士たちが本当に怖がっているのは、ホムンクルスの哀れな使い道なんかじゃない。自分たちの『強者たる立ち場』が、揺るがされることを危惧したからだ。わかるか? 帝国がイヤにホムンクルスの製造を嫌がるのは、それが有能な『兵器』として利用されることをビビッているからだ。いわんや帝国武力の総頭として君臨する『聖騎士』の地位を、他の者に脅かされるってのが嫌なんだよ」
「そんなばかな」
思わず感想をそのまま呟いた。
帝国の聖騎士と言えば、ア・チョウに匹敵するまさにバケモノだ。帝国が帝国としての権力を象徴していられる由縁、そのものだ。アーサーやランスロット、ガウェインなど伝説の名を継ぐ真正なる騎士の血統は、剣を相まみえた者なら誰でも、その底知れぬ深淵じみた強さを実感している。パレオもそうだ。剣一振りで、満身創痍にされた経験を忘れがたくしかと覚えている。そんな彼らが「ビビッていた」だなどと、そんなはずないだろう。
パレオが向けた疑心の目に、スタットは一度息を整えて、再び真剣に語り出した。
「帝都の魔道士連中がやってる人造人間の研究なんざお遊びにすぎないさ。あんなのは本当の意味でホムンスミスとは呼べない。そもそも、真に有能な人造人間の造形を生み出せたのは、ごく限られた者たちだけだ。たとえばそう、我がデンネリー家のような、な」
誇りに満ちた瞳の中に、何か愛憎うずまく別種の感情を見たが、パレオは干渉せずに耳を傾け続けた。
スタットは指を一本立てて、唇を舐めた。
「いいか? あんたは見たことないだろうが、実際に、兵器としてのホムンクルスは存在した。崇高なレベルで形作られた人造人間が、強力な兵器として利用された厳然たる歴史があるんだよ。あんただって、表向きのことは知っているはずだ。英雄王アーサーを死の淵まで追いこんだ暗黒の騎士『ロムルーダ』は、ホムンクルスだ。紛うことなく、デンネリー家が造り上げた最高クラスのな」
スタットが口にした騎士の名を、アーサー伝説に魅せられていたパレオは良く知っていた。エクス・カリバーを手にしたアーサーは、終生ほぼ敵なしの無双を謳歌していたが、二度だけ、苦戦を余儀なくされた強敵がいる。アーサー武勇伝の最期の大ボスであった魔王と、そしてもう一人。幾度もの激戦を経てようやっと雌雄を決した、暗黒騎士ロムルーダだ。
伝説上の人物がホムンクルスだったという裏話はパレオにとって一種壮大なロマンにも思えたが、にわかには信じられない。
「ロムルーダが人造人間? 造ったのがアンタの一族だって?」
「別に信じなくともいいさ。重要なのは過去じゃない、今がどうかだ。俺の一族は代々ホムンクルスの研究を続けてきて、その完成型ともいえるロムルーダを生み出したが、俺からすれば未熟なものだ。理想のホムンクルス・タイプには到底およばないんだ」
「……ホムンクルス・タイプ?」
耳慣れない言葉に、パレオは聞き返した。
「ああ。一口に人造人間と言っても種類がある。人間や精霊族に人種や種族があるようにな。そもそも人体を造ろうってんだ、そこには形づくるための設計図が不可欠なんだよ。俺の一族は元来回復魔法に秀でていた専門家だったからな、『人間』という肉体を研究し、永くを経て、し尽くした。そのうえで完璧な設計図をつくりあげたのさ。その原型をもとに、さまざまなホムンクルスの種類を考案していった。それがホムンクルス・タイプだ。普通の人間を模した単純なホムンクルス・スタンダード。これが一番ベーシックだ。老若男女、すべての人間はこれを元にして造られる。当初はそれだけでもかなりの成果と喜ばれたそうだが、」
――そんなもんじゃない!
ホムンスミスを自負するスタットは、一層語気を強めて語り出した。
「だからこそだ! 人間という生命体を知りつくし、図式化することに成功したからこそ! デンネリー家の一族たちは求めたのさ! 高く高く理想を掲げ常人をはるかに超越した存在を形作る設計図を編み出そうとした! 自然界では決して生まれ得ない『能力』をもった存在を、この世に顕現させることができるように!」