14話
「何してんだ犬!」
一層に力を出して駆け出す。
草をかき分けて飛び入ったところで、目に入ったのはゼリドに腕を噛まれ泣き叫ぶ男のあわれな姿だった。逃げようと暴れる男を、しかしゼリドの強力なアゴは頑として離さない。一際ぐんと力むと、直後男の体がぶん回されて、大樹めがけて一直線に飛んだ。
――ゴチイィん!
盛大な打撃音をともして背中を叩きつけられると体が大きくのけぞる。
「ぐはっ」
首をかくっと気絶しかける男へ、しかしさらなる一撃を加えようとキバを剥いたゼリドに、今度はパレオが介入して押さえつけた。
「バカ犬! 殺す気か!」
「グウウウウ!」
そのとおり! と言わんばかりに豪快に暴れだす。相変わらず尋常でない筋力で肢体と尾っぽが振り回されて、あわや再び劫火でも吐き散らすのではないかと危惧した直後だった。予想に反しゼリドがふっと力を抜き、そっぽを向いてあっちへ行ってしまう。
「何なんだよホント。ぜんぜん読めないヤツだよな」
聞こえたのか、くるっと振り向いたゼリドは、
「グウウウウ!」
「うそうそ、うそだって! おまえなんか相手したってろくなことにならないよ」
盛大にため息をついて、かぶった砂ぼこりをはらう。改めてパレオは男に向き直った。
「大丈夫か」
聞くと、かろうじて意識を保っていた男は、首をさすって呻いた。
「噛まれた腕と打った背中が痛む。が、まあ大丈夫そうだ」
そういって、ゆっくり立ち上がろうとした。嫌な顔をして制止する。
「待て、それ以上動くな」
今しがた助けられたばかりで、今度は急に「動くな」と命ぜられたのが予想外だったのか、男が戸惑う。
「なんだよ」
「すまないが、あんたの正体がわからない」
「まってくれよ、俺はあやしいもんじゃない。エクス・カリバーが盗まれたと聞いて、本当かどうかちょっと見に来ただけさ。あんたと一緒だろうよ」
両手を広げて主張する男を、パレオは訝しんで見つめた。
「そうだろうな。街にとっても帝国にとっても、果ては全世界の人々にとっても、エクス・カリバーが盗まれたなんて事件は到底信じられない珍事だ。なにせ三百年もの間抜かれることなく、語り継がれてきた伝説の一品だからな、ファンも多い」
自分もその一人だったことは特に触れず、パレオは核心に迫った。
「だが、あんたも知っていたはずだ。この森は今、大層厳重に封鎖されてる。一般人の立ち入りは許されていない。もちろん俺は許可をもらってきているが、他に人がいるとは聞いていない。この場所には俺と」
ゼリドを背中越しに指さす。
「あの犬以外は」
――いるはずがないんだよ。
「そんなところに居てしまっているあんたは」
――何者だよ。
相手の挙動を鋭く観察するパレオの眼に、光が灯る。
男は至って冷静に答えた。
「ウソはついちゃいないさ。確かに許可はとっていないが、剣が盗まれたと聞いて、本当にただ確かめに来ただけなんだ。ともすれば、大変なことになるかもしれないと思ってな」
「……大変なこと? エクス・カリバーが強奪されたと知って大変なことになると思わない方がおかしいだろう。わざわざ『大変なこと』ってなんだ。……何か、知っているのか」
「だから待てよ、俺は、剣の強奪になんざ関与してない。そんな疑う目で見るなって。聞けよ。俺はホムンクルスの製造を手がけてる技師『ホムンスミス』だ。スタット・デンネリーって、世ではちょっとは有名なんだぜ? 知らないかよ?」
立ち上がり、握手か何かを求めてこようと近づいてくるスタットに、改めて「動くなと言ったはずだ」と警告した。
「スタット・デンネリー? ホムンスミスだって? 人造人間の製造は、帝国では禁忌のはずだぞ」
「そうだ」
「今さらホムンクルスの製造者が、なんで、エクス・カリバーとつながるんだよ」
スタットは、しばらく答えたくなさそうに顔をしかめた。
だが、パレオの威嚇的な眼光にため息をついてやがて吐いた。
「知っていることを言ったら、帝国は俺を許すか?」
「それはつまりエクス・カリバーの強奪に、少なからず関与していると、そう受けてとっていいんだろうな。内容によっては、俺の権限じゃ恩赦しかねる。でも、関与する情報を出すというなら、それ相応の対応はしてやれるかもな」
「ははは、なんて頼りない言葉だ。帝国から差し使わされたと聞いて、それなりに上層の輩かと思ったが、てんで期待外れだ」
「わるかったな」
しばらく引き笑いを見せたスタッドは、急に顔に影をつくった。
「あんたさっき人造人間は禁忌とされていると言ったが、帝国がなぜそんなことをしたか知っているのかい?」