13話
エクス・カリバーの眠る聖地ダラウ・メリエは、神秘的な空気を醸す樹海だ。長い年月をかけて巨大化した木々は空に高く、絶え間なく飛び交う虫たちは希少種ばかり。聖剣が放つ強力な魔力が、森全体の動植物たちに影響をもたらしたともいわれる。
魔力には、それが強ければ強いほど、素になる魔源が急速に寄り集まる法則がある。
大陸の占有をかけてヒトと精霊が争ったラカ・フロンティアでは、精霊族の放つ強大な魔力に対抗するために、人間の魔道士たちが高濃度の源素を血中に注入していた。
今もなお、魔法を司る職の者たちは皆そうした源素の『小瓶』を常にローブの下に携えている。いざとなれば腕に射し、充足した魔源で高位の魔法を顕現できるようにする。無論、魔法を扱う技術が伴っていなければ体を壊す毒にしかならない。
強ければ強いほど源素が寄り集まる魔力――つまり敵対する相手よりも強ければ強いほど、魔力はますます有利になる。精霊族との源素の奪い合いに、人間が利用した法則の一つだ。
濃い分だけ、より一層集束力を増す魔源。
世界最高峰の魔力を内包するエクス・カリバーにいたっては、魔法を知らぬ者でもその肌に、目に、しかと感ぜられるほどの源素が周囲に濃縮している。濃い霧が緑色を帯びているのはそのせいだ。
濃すぎる魔源は、あまり長く吸い続けていると体には良くない。魔法使いの寿命が総じて短いのは、生涯をとおして濃い魔源と接触する機会が多いせいだといわれている。
実体的に火や水などを顕現させることができる魔法使いならば、まだ体内に溜まった魔源を『解毒』できるが、あいにくパレオにそんな能はない。
しっとりとした湿気の中進んでゆくと、横切った青い幻蝶に強い既視感を覚える。思い出すのは、かつて胸を躍らせて通ったあの日のことだ。
野望を追いかけ挑み、そして腕を焼かれてしまったあの日のこと。
――不届き者は近づかぬこと。
突然現れる立て板の、腐りかけの様が懐かしく、パレオは自嘲気味に笑った。
そっと触れると、ざらつく木目が欠けた。ずらりと並び立ついくつもの板は、昔よりも少し数が増えたようだった。
そして、その向こう側。
かつてパレオが長文の呪文を唱えてクリアした魔法の障壁と伝説の剣を封印した白き巨大な台座は、そこにあったはず。
だか、台座の代わりにあったのは、まるでその箇所だけがくり抜かれたようにぽっかり空けられた大穴だった。そこには引きずられた痕跡もなければ、足跡一つ見当たらない。
「本当に、盗まれたのか」
身に染みて剣の恐ろしさを知っているパレオには、心のどこかで信じきることができなかった。だが実際に自分の目で確かめてみて、その事実、重みを理解する。
越えられるはずのない、頑強なる壁はどうしたというのか。
魔法障壁は、幼少時にパレオが挑戦しようとした際も最大の案件だった。魔法壁を通るため準備に約半年を費やしたのだ。地元人であることを利用し街長に取り入って自宅に入りこみ、隙をみて解除呪文が示される法版を最速で暗記せしめ、その日の晩中にすべての呪文を一字たりとも間違えることなく唱えきった。
まさか、同じ方法を取ったということはないだろう。ましてパレオが剣に挑戦して以来、より一層長い呪文を要する強固な魔法防壁が敷かれることになったはずだ。それも自動魔法変更は一日おきではなく、半日おきとされ、もはや魔法の原盤を得なければ解除することは不可能なレベルになっていた。
破壊するにしても、最高位の魔法だ。破るというのであれば、選帝侯の偉大なる魔法使いと同域レベルということになる。ア・チョウの言っていた「帝国も監視していた」という事実を再認識する。
問題は障壁だけに留まらない。超重量級の物体を運ぶというだけなら、帝都でもやれる魔法使いはいる。だがこの台座、重さとは別に大きな障害が存在していたはずだ。
エクス・カリバーの、強大な魔力による庇護。
パレオの腕がほぼすべての魔法を無力化してしまうように、エクス・カリバーの魔力の影響でちょっとやそっとの魔法では一切歯が立たないのだ。その庇護ある台座を、一体どうやって運び出したというのか。重量だけでみても相当なはずだ。エクス・カリバーの影響をかいくぐって、人力で宙に浮かせたまま移動させるというのであれば、それだけ規模が要る。それこそ、地面に目一杯の痕跡が残るほどに。
だのになんら跡を残さず、件の強奪者たちは、エクス・カリバーの強奪をやってのけている。
パレオは手がかりを探すために、台座のあった周辺をしばらく見ていた。すると突然、ゼリドが台座の階段があった場所をくんくん嗅ぎはじめた。「フゴ、フゴ」と唸って空を見上げると、イキナリ猛速で走りだし、パレオの視界から消えた。
「おい、どうしたんだよ」
いつもの衝動的で意味のないふざけに付き合わされるのかと思う一方、それでもやはり放っておけず、全力で追いかける。といっても帝国が誇る優秀な番犬は随一のスピードを有している。数少ない「防衛ライン」に数えられる実力者についてゆくのは至難の業だ。
草や木々をぶっかき分けながら騒音を頼りにして追いかけると、ぐんぐんゆくゼリドの気配が徐々に失われていく。
「ハア、ハア! くそ速い。おい! どこ行くんだよ!」
音までも頼れなくなるほど離されてしまって、無謀に一直線に走るしかなくなった時。
遠くの方で、人の悲鳴が聞こえた。
――イテええええ!