表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選王の剣  作者: 立花豊実
第三章 ~聖地クタラ~
12/71

12話

 十年前、エクス・カリバーに両腕を焼かれてパレオは思い知らされた。

 何よりも信じていた己の力など、本当はちっぽけなものであることを。王など口にするのもはばかれる、矮小な存在だということを。

 心に蔑む感情が湧くと、まるで叱咤するように、恩師ア・チョウの言葉が頭をよぎる。


 ――それでも信じ抜け。淀みなく信じることができる心に、力は生まれる。すべてを変えられる力だ。お前が、お前自身の中にあるものを蔑ろにした瞬間から、お前が叶えることのできる億万の未来はつぶれる。だがもし頑なに信じ続けることができるのであれば、やがては周囲環境を変え、行く果てはこの世界をも変えられるようになる。


 だが、目を開けば必ず視界に映る過ちの象徴――黒い腕。

 その醜悪な腕の脈動が、背負うべき重責を簡単には忘れさせてくれない。

「俺は……すごくなんかない。他人に手を差し伸べられなければ、自分でしゃんと生きていくこともできない。帝国の正式剣士も、ほかになれる奴はたくさんいるんだ。まして俺は、一生償えないことをクタラにしてしまっている。すまないと、思ってる」

「謝らないで。私は純粋に称賛しているの。聖剣は何よりも怖いもの、とても危険なんだって、幼いころからずっと教わってきたわ。街の子は畏怖して誰も近づこうとしなかった。でもあなたは違ったわ、パレオ。迷うことのない真っすぐな目で、いつも言ってた。『必ず英雄になるよ。世界を救う男になるよ』。そして厳然と挑戦してみせた。結果はどうであれ、本当はみんな、パレオのこと尊敬しているのよ」

 そう、昔は夢を持っていた。でもあの剣は、選王の剣は、パレオを王とは認めなかったのだ。足りないものが何なのか、周囲から罵られ、毎日泣きながら考えた。

 でも到底、及ばなかった。

 だから街を出たのだ。

 知りあいに、会いたくはなかった。

 否が応でも思い出してしまうのは、自分の才の限界。

 再び言われてしまうのが心底怖かった。本当は皆が期待してくれていたのは知っていた。その羨望に応えようと、必死に背伸びをして受けた罰は、周りを失望に打ち沈めたのだ。

 そしてその闇はパレオを包んだ。一体誰のせいで帝国の手が街におよんだのか、皆の自由が奪われたのか、お前のせいだと。街の面汚しめと。

 今やパレオは帝国の正式剣士だ。

 言葉を選びかねたパレオは「ごめん」とだけいって、その場を去ろうとした。

 しかしその後方から、冷やかな目で見ている男がいた。

「……戻ってきたのか」

 その男の顔もまた、パレオは忘れていなかった。

「黒い腕は相変わらずのようだな、パレオ。どうせうぬぼれも変わってないだろう」

「リーザス! やめて、パレオは、」

 メリエがリーザスと呼んだかつてのパレオの親友は、制止されることも厭わず続けた。

「あまり慣れ合うなよ。そいつは自分を過信し、つけあがり、皆が大事に守り抜いてきた言いつけを破ったんだ。街のみんなを裏切った。お前だって本当はわかっているはずだ、全部そいつのせいだと。帝国の介入が厳しくなって、商業がまともに立ち行かなくなった。道を失った大勢の人たちになんて詫びるつもりだ? ましてやそのなりは帝国の犬ってか? どの面下げてやがる」

「違うわ! リーザス、パレオは街を裏切ったりなんかしてない。帝国の剣士になったのも、より多くの人を救おうと誓ったからじゃない。変わらない、昔と。剣を手に、その力で多くを導くんだって、パレオずっと言ってた。本物の、英雄になって帰ってきたのよ! ねえ、そうでしょう? パレオ?」

 応えることができず、パレオは黙ったままうつむいた。

「それこそはき違えている。そいつは自分に酔いしれたいだけなのさ。人の言葉になんか耳をかすわけがない。そうだな、あのころもそうだった。突拍子もないことしでかして、街を巻き添えにしみんなに迷惑をかけた。お前が単なる自惚れだったって証拠に、エクス・カリバーは見事にその両腕を黒こげに焼いてる。ろくなことにならないんだよ。今この街は、ただでさえ厄介ごとを抱えている。これ以上、俺たちの足を引っ張らないでくれよ」

 言葉どおり、パレオにはもうその場いる気は毛頭なかった。元・親友には言葉も返さず、頭を甘噛み続けている帝国の優秀な防衛ラインを小突く。

「…………いくぞ、犬」

「待ってパレオ! リーザスったら! パレオは、帝国の正式剣士として剣を取り戻しにきたのよ! この街を救うために、ちゃんと帰ってきたんじゃない!」

「……ふん、どうせそんなもの命令に従っただけだ。こいつが『街のことを想って』自ら行動するわけないんだ」

 その言葉を背にして、パレオは帝国剣士のマントを翻した。

「待ってパレオ! 街の人たちは、本当はあなたのことを」

「…………ありがとう」

 振り返ることなく、さっさと行く。

 しっぽをふるふる。

 まるで空気を理解しないバカ犬に頭蓋骨を噛まれたまま、パレオは二度と戻るまいと誓ったエクス・カリバーの聖地へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ