12話
十年前、エクス・カリバーに両腕を焼かれてパレオは思い知らされた。
何よりも信じていた己の力など、本当はちっぽけなものであることを。王など口にするのもはばかれる、矮小な存在だということを。
心に蔑む感情が湧くと、まるで叱咤するように、恩師ア・チョウの言葉が頭をよぎる。
――それでも信じ抜け。淀みなく信じることができる心に、力は生まれる。すべてを変えられる力だ。お前が、お前自身の中にあるものを蔑ろにした瞬間から、お前が叶えることのできる億万の未来はつぶれる。だがもし頑なに信じ続けることができるのであれば、やがては周囲環境を変え、行く果てはこの世界をも変えられるようになる。
だが、目を開けば必ず視界に映る過ちの象徴――黒い腕。
その醜悪な腕の脈動が、背負うべき重責を簡単には忘れさせてくれない。
「俺は……すごくなんかない。他人に手を差し伸べられなければ、自分でしゃんと生きていくこともできない。帝国の正式剣士も、ほかになれる奴はたくさんいるんだ。まして俺は、一生償えないことをクタラにしてしまっている。すまないと、思ってる」
「謝らないで。私は純粋に称賛しているの。聖剣は何よりも怖いもの、とても危険なんだって、幼いころからずっと教わってきたわ。街の子は畏怖して誰も近づこうとしなかった。でもあなたは違ったわ、パレオ。迷うことのない真っすぐな目で、いつも言ってた。『必ず英雄になるよ。世界を救う男になるよ』。そして厳然と挑戦してみせた。結果はどうであれ、本当はみんな、パレオのこと尊敬しているのよ」
そう、昔は夢を持っていた。でもあの剣は、選王の剣は、パレオを王とは認めなかったのだ。足りないものが何なのか、周囲から罵られ、毎日泣きながら考えた。
でも到底、及ばなかった。
だから街を出たのだ。
知りあいに、会いたくはなかった。
否が応でも思い出してしまうのは、自分の才の限界。
再び言われてしまうのが心底怖かった。本当は皆が期待してくれていたのは知っていた。その羨望に応えようと、必死に背伸びをして受けた罰は、周りを失望に打ち沈めたのだ。
そしてその闇はパレオを包んだ。一体誰のせいで帝国の手が街におよんだのか、皆の自由が奪われたのか、お前のせいだと。街の面汚しめと。
今やパレオは帝国の正式剣士だ。
言葉を選びかねたパレオは「ごめん」とだけいって、その場を去ろうとした。
しかしその後方から、冷やかな目で見ている男がいた。
「……戻ってきたのか」
その男の顔もまた、パレオは忘れていなかった。
「黒い腕は相変わらずのようだな、パレオ。どうせうぬぼれも変わってないだろう」
「リーザス! やめて、パレオは、」
メリエがリーザスと呼んだかつてのパレオの親友は、制止されることも厭わず続けた。
「あまり慣れ合うなよ。そいつは自分を過信し、つけあがり、皆が大事に守り抜いてきた言いつけを破ったんだ。街のみんなを裏切った。お前だって本当はわかっているはずだ、全部そいつのせいだと。帝国の介入が厳しくなって、商業がまともに立ち行かなくなった。道を失った大勢の人たちになんて詫びるつもりだ? ましてやそのなりは帝国の犬ってか? どの面下げてやがる」
「違うわ! リーザス、パレオは街を裏切ったりなんかしてない。帝国の剣士になったのも、より多くの人を救おうと誓ったからじゃない。変わらない、昔と。剣を手に、その力で多くを導くんだって、パレオずっと言ってた。本物の、英雄になって帰ってきたのよ! ねえ、そうでしょう? パレオ?」
応えることができず、パレオは黙ったままうつむいた。
「それこそはき違えている。そいつは自分に酔いしれたいだけなのさ。人の言葉になんか耳をかすわけがない。そうだな、あのころもそうだった。突拍子もないことしでかして、街を巻き添えにしみんなに迷惑をかけた。お前が単なる自惚れだったって証拠に、エクス・カリバーは見事にその両腕を黒こげに焼いてる。ろくなことにならないんだよ。今この街は、ただでさえ厄介ごとを抱えている。これ以上、俺たちの足を引っ張らないでくれよ」
言葉どおり、パレオにはもうその場いる気は毛頭なかった。元・親友には言葉も返さず、頭を甘噛み続けている帝国の優秀な防衛ラインを小突く。
「…………いくぞ、犬」
「待ってパレオ! リーザスったら! パレオは、帝国の正式剣士として剣を取り戻しにきたのよ! この街を救うために、ちゃんと帰ってきたんじゃない!」
「……ふん、どうせそんなもの命令に従っただけだ。こいつが『街のことを想って』自ら行動するわけないんだ」
その言葉を背にして、パレオは帝国剣士のマントを翻した。
「待ってパレオ! 街の人たちは、本当はあなたのことを」
「…………ありがとう」
振り返ることなく、さっさと行く。
しっぽをふるふる。
まるで空気を理解しないバカ犬に頭蓋骨を噛まれたまま、パレオは二度と戻るまいと誓ったエクス・カリバーの聖地へと向かった。