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選王の剣  作者: 立花豊実
第三章 ~聖地クタラ~
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11話

「パレオ!」

 ぎくっと、背中がこわばる。

 大人びた女性の顔からくる既視感は、記憶野からあふれる幼きときの面影だ。

 両目を交互にのぞき込んでくる彼女――癖のあるその動作をパレオは覚えていた――メリエは、返答を待っていた。

 きれいと評判だった花屋の娘は、ずいぶんと、良い意味で成長していた。

 ひきつった顔で「イイヤ、チガウンダ」とカタカタ言葉をなんとか絞り返して、笑うとも険しいとも違う微妙な表情でパレオは小さく手をふった。

「お、オレは単なる通りすがりのイヌ使いイテテ」

 未だ頭部を甘噛みつづけるゼリドのアゴに「うそをつくな」と力がこもった。

「何言っているのよ、どうみたってパレオじゃない」

 といってメリエは、パレオの旅用ケープをグイッと引っぱり、犯人を明かすように腕をさらした。かつてクタラから自由を奪った、パレオの黒い腕を。

「ほら、やっぱりそう」

 パレオなんでしょう? とじっと見てくる。だが、どうしても応えられなかった。

 かつて、街のルールを破り身勝手をしたパレオは、街人にとって見たら憎むべき存在だ。クタラへの帝国の介入を余儀なくさせたのは、紛れもなくパレオの黒ずんだ腕なのだ。血色失せた呪われし両腕は、見た目そのままに縁起の悪いもの、伝染する呪いであると虐げられ、親ですら嫌悪させた結果、街からパレオの居場所を完全に失わせた。

 返事のないことを肯定と受けたのか、メリエは静かに口を開いた。

「あなたのこと、わたし、死んでしまっていたとばかり思ってた。みんな、とても心配していたのよ。……きっと、ご両親も喜ぶわ」

「いや、いやいや、いいんだ止めてくれ。俺が帰ってきたなんて、別に伝えなくていい。むしろ死んでしまっていると思われていた方のが、俺も気が楽なんだよ」

 パレオが目をそらして言うと、予想以上に力強くケープが引っ張られて、顔を引き寄せられた。真剣な眼差しが、パレオの両眼を射抜く。

「なにを言っているのよ! 死んでおいていい人間なんているわけないじゃない! あなたのことを、みんながどれほど心配したかわかっているの!?」

 あまりにも想定外の言葉に、だがパレオの心に湧いたのはむしろ街への「怒り」の感情だった。腕にこもる黒い力が、心を覆い尽くして、めきめきと負のオーラが沸き立つ。

「そんなこと、わかるもんかよ。俺が街を出たのは、この街が大嫌いになったからだ。街の人間が憎かった。君は知らないのか? 悪魔、疫病神、呪われた子。俺が浴びせられた言葉だ。父に出ていけと怒鳴られ、ならば本気で出てってやるよと、誓って街を飛び出た。ここまで死ぬ思いをして生きてきたんだ。俺がどれほどに、この場所を恨んだと思う? 街が俺を憎んだように、俺もこの故郷が、心底憎いんだよ」

 メリエの腕が、ふいにパレオを包んだ。

 突然胸に飛び込んできたかと思うと、パレオの紫腕をすり抜けて、華奢な腕が背中へ回される。きゅっと圧をかけられてしばらく、胸元で響いたのは涙のまじった声だった。

「英雄に焦がれ目指していた男の子は、どこまでも高く高く上を見つめていた。英雄を追い求めていたあなたの姿は、本物だったわ」


 ――おかえりなさい、パレオ。


 体内を蔓延する黒ずんだエネルギーが、対外的な温もりによって急激に収縮し、心に落ちつきが戻る。どんな言葉を選んだらいいかも、体をどう動かせばいいのかもわからず、ただ茫然としてしまう。迎え入れてくれる人間など、ついぞ想像をしていなかったのだ。

 いや、拒絶していたのはパレオの方だ。

 きっかけがなければ、二度と戻るまいと誓った場所。


「この紋章、帝国のものだわ」

 胸元に輝く帝国の証を、メリエは驚きまじりの表情で見つめた。

「俺は……この街を裏切ったんだ」

 街からみれば、帝国は決して関わりあいたくのない相手――敵だ。

 勝手に街を出るならばまだしも、帝国のイヌとなって舞い戻ってきたことを知られて、さすがに罵られる、そう思った。だがメリエは、パレオの想像とは百八十度違う、満面の笑みをみせた。

「すごいよ……本当にすごい」

 みたび、脳内をめぐる既視感。

 ――すごいよ、パレオ!

 あのころ、エクス・カリバーに罰せられるまで、確かにパレオは周りから褒められることが多かった。何をしても満点に近い所業を為せた。だから芽生えた自らの慢心に、押しつぶされて見えなくなった。まわりにかけうる迷惑を想像することかなわずに、利己ばかり追いかけ続けた。英雄になりたい、剣を手にして、だれよりも強くなって、真の王となり、その力を誇示したい。


 結局は、多くの民を導く真の王とは真っ向から逆のことをしでかしたのだ。

 それがパレオの限界だった。


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