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選王の剣  作者: 立花豊実
第三章 ~聖地クタラ~
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10話

 

 聖地により近い街クタラは、ラカ大陸全土に統治権をひろげる帝国支配の縮図だ。もともと精霊族が占有していた肥沃な大地「ラカ」を、永い戦いの果て奪取することに成功した総人類軍は、そのまま一大帝国の前身となった。

 だからこそ今、帝国が厚かましくも大きな顔をして統治権を主張できるのだ。――全人類のために、我らは身を呈して戦った。それが故に今、平穏なる大陸せかいはあるのだと、声を張られればラカに反論できる人間はいない。

 選王の剣「エクス・カリバー」の力によって、精霊族の長「竜王」を大陸ごとぶった斬った「人間王アーサー」と、王が率いた聖騎士団は現・帝国の力の象徴でありながら、ラカ大陸全土の人々に心奥深くまで根付く伝説でもある。

 だが、何もすべての組織がもともと帝国の支配下にあったわけじゃない。ラカ奪取後も、いくつもの小国・組織が自治を求めて散在していた。

 諸島にいち早く拓かれたクタラも、その一つだ。帝国の支配は受けない。されど交易に壁を敷くわけでもない。帝国支配を嫌った多くの国がそうしたように、あくまで自由、あくまで経済的な自立を目指す。

 精霊族との大戦で疲弊していた総人類軍(帝国)側も、はじめから帝国統治体制を強要することはせず、有益な貿易の要衝としてクタラの自治を認めていた。……が、十年前のあの日、エクス・カリバーに、自己に慢心していたガキが、破られるはずのなかった強固な魔法の障壁を突破して、エクス・カリバーに触れるという騒ぎを起こすまでは。

「なんだよ、犬」

 パレオが、十年ぶりに帰ってきた己が故郷を前に躊躇して立ち止まっていると、頭蓋骨を甘噛みしていたゼリドが急に歯を立てた。

「ばう」

「痛い痛い! なんだよ! ちゃんと行くさ! おまえに噛まれなくたってな、わかってんだよ。俺にとってここは、避けちゃ通れない道なんだ」

 本当は、一生関わらずに生きていきたいと思っていた。

 二度と戻るまいと誓って逃げ出した。

 街から見れば、パレオは最高峰の裏切り者だ。

 エクス・カリバーの管理体制に是正を命じられていた当時から、すでに帝国の介入に不穏な空気はあった。そこへきて、あの事件だ。しかと敷いていたはずの魔法障壁は、他でもない街の長が解除呪文を管理していたのだ。さらに盗み出したのはこれもまた街で育った子供。

 自治の叶わぬことをさらした街の失態に、帝国が黙っているわけがなかった。否応も聞かず強権を行使し、街へぞろぞろとやってきたのは、これまでクタラの魅力的な商業価値に指をくわえて傍観していた帝国の上流階級たちだった。

 クタラの街が自分たちで工夫を凝らし築き上げてきた豊かな商業的営みは、ことごとく「ちゃち」を入れられるようになった。街中から湧き上がるストレスの矛先は、まさに原因となったパレオに向けられた。疫病神、呪われた子、裏切り者、罰当たり者。子供ながら悟った、もう自分の居るべき場所ではないと。

 まして今やパレオは、街から「敵視」される帝国の正式剣士となっている。

 完璧なまでにそう、裏切ったのだ。自分の生まれ故郷を。だから一生を関わらずに生きていこうと決めていたのに。

 命の恩人であるア・チョウは、パレオに安直に逃げることをよしとしなかった。その背中を半ば強引に押し、命じた。戻れ、と。過去を乗り越えろ、と。これは最大の、チャンスなのだと。

「くそ、足がふるえる。気持ち悪い」

「ばう」

 弱音を吐くと、ゼリドの歯が頭部に食い込んだ。

 改めて、見つめる故郷の街。聖地ダラウ・メニエの森により近いクタラは、エクス・カリバーにちなんだ記念品やお土産が並ぶ露天、飲食店が多く賑わっている。十年前とほとんど代わり映えのない景色だ。ただ、帝都からとっかえひっかえやってくる衛視たちの姿は、以前よりもずいぶんと多い。

 主街区の中心線を走る大通りはそのまま森への入り口「マガラ」大門へ続く。道中いくつも分かれる枝葉の通りが魔道の学院へ、騎士の見習い修舎へ、そして奉られた賢者たちに祈りをささげる聖堂へとさまざま続いてゆく。

 一つには、昔はまだ拓かれぬ森として2キロほどほの暗い道もあった。闇市として怪しい魔器の取引で、時に面白い代物が出そろっていたりして、子供たちも「おもちゃ」を求めて、親の言いつけをかいくぐってよくよく遊びに行ったりしたものだ。

 思い出せば懐かしい旧友や知り合いの顔が、しかし今や会うのだけは絶対的に避けたいと思い、街のはずれの道を歩くことに決めた。なのにだ。急に声をかけられた。

「あなたもしかして」

 背にかけられた唐突の声に、やばいやばいやばい、と内心呪文を吐きつつ、もはや聞こえなかったフリをしてそのまま歩き続ける。だが、駆け寄ってくる足音は止まらなかった。そして――、

「やっぱりそうだ」

 パレオの前方までぐいっと顔をのぞき込みにやってきた女性は、目があったとたんに笑いだした。


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