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選王の剣  作者: 立花豊実
第一章 ~紫腕のパレオ~
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1話

『不届き者は近づかぬこと』


 かすれた文字板に触れて、わくわくしたパレオは思わず笑った。

 闇夜の大自然に忽然(こつぜん)と現れる立て板は、街が警告のために用意したものだ。野ざらしにされ、ひび割れ腐っていきながら、ここで幾万人もの挑戦者たちを躊躇(ためら)わせてきたのだろう。

 その向こう側、巨大な白石の台座に月光が射している。

 見上げれば数メートル頭上に、剣のつかの部分がのぞけて、パレオの心は踊った。ついに来たのだ。眼には捉ええぬエネルギーが肌をぐいぐい圧して、魔法を知らないパレオにも確かに何がしかの魔力が感じられた。

 すぐにでも駆けだして伝説を撫で回したい。だが、ここで焦ってはいけない。

 一歩近づくと、魔法の障壁が目の前で青白く光った。

 緊張をない交ぜに息を吸いこみ、目を閉じて、頬いっぱいに吐き出す。

 開いた眼は、もう一点にしか注がない。


 子供の頃に聞かされてから、パレオの心の中に燦然と輝き続ける英雄像がある。

 剣を手に、勇ましき男が強敵と戦う幾つもの絵画は、どれもが同一人物を描く。

 はるか昔、その名を世界に轟かせた英雄王「アーサー」は、たった一本の剣から絶大な恩恵を受けた。愛の剣、真実の剣、至宝の剣とも冠される一種脅威の破壊兵器は、その刃自身が自らの所有者を徹底的に選ぶことから、またの名を「選王の剣」と呼ばれた。

 天貫く光の剣、その選任者アーサーの武勇伝は、パレオに大きな夢を与えた。

 自分もいつか、英雄になりたい――。

 かの王のごとく強敵に立ち向かって世界を救い、剣に認められる男になりたい。

 いつしか剣は、パレオの夢に欠かせない存在となっていた。だが幾つもの伝説を生み出した聖剣は、望んで易々と手に入るものではない。剣は、それを欲し得ようと手を出す者たちをことごとく拒み、そして選ばれぬ者共をひどく罰してきた。

 幼少のころからよくよく聞かされたものだ。「関係のない」つまらない話と思う一方で、村の子供たちは常々脅されてきた。

 世界最強の刃は、素質に見合わぬ者が触れるとたちまち罰を与える。己の力量を過信した自惚れからは眼をくり抜き、他の忠告に気付かぬ者からは耳を削ぎ、嘘ばかりのたまう者からは舌をちぎって、世界を支配せんと欲した野心者からは心臓を奪いつぶした。妥協なき徹底した素質主義の宝剣に、けれど世の挑戦者たちはなにゆえか惹かれる。パレオもそうだった。

 周りが怖がらせようとするのは別に構わない。子供らを剣の危険から守らんとする愛の裏返しとすれば微笑ましいものだ。が、そんなチンケなこけおどしで、パレオの自信は揺らぎなどしない。

 要は、剣に認められればいい。ただ、それだけ。

 所有者亡き今、活躍の時代を終えた剣は、静かにその時がくるのを待ってくれている。

 アーサー死後数百年の間、手にすれば驚異的な力が得られるだろうその剣を求めて、安置場所である聖地ダラウ・メニエの森には、常に方々から猛者どもが訊ねてくる。自然と、周辺地域には人が集う村ができた。

 中でも、クタラは聖剣により近い村として有名だ。

 賑わいをみせる村の人々は単に剣を欲する者たちだけでなく、一度でいいから伝説を拝んでみたい、伝説に縁ある土地を散策したいと願う観光客も大勢いる。人が集まれば商業は賑わい、行き交う人々が踏み築いた交通路は次第に整って、やがて豊かな街になった。

 クタラ出身のパレオも、生家は大きな飲食店を営んでいる。何不自由なく、けれどその一方で、パレオは多くの人々に何かしなくてはいけないと常々案じている。体は心とともに日々鍛えて、知識知恵の蓄えにも余念がない。というのは、すべて「王に相応しき力」を養わんがためにだ。いわんや、あの剣を手にするためだ。

 聖なる森の最深部、そびえる白石の台座の頂きに、かの剣は収まっている。幾数百年の時を経て、なお色褪せることのない刃の凛に、引き寄せられる挑戦者は未だに数多い。

 しかし、そのたびに剣の罰が事件になるのは、観光で潤う街にとってよくなかった。

 なんせ毎年のように死者を出す。

 大陸全土に支配権をひろげる一大帝国も、その剣が脅威であり不安定な力であることを認め、剣がいつ誰の手に渡るかもわからない管理体制に是正を命じた。今や剣の管轄は天下の帝国にある。ゆえに触れることすら禁じられている。周囲一帯は安易に近づけぬようキーピングアウトの魔法が施されてあり、その寸前まで近づいたパレオの目前で、ふわりと魔法が輝いた。

 不届き者は近づかぬこと。

 そう記された立て版が、やかましくも幾つも立つ。

 観光用にこしらえられた囲みより他からは、剣を拝む事さえできない。自らを「選ばれし存在」であると信じるパレオにとって意にも介さない些事だが、触れるとどれほどバチが当たるのか詳細を添えて、穿たれた目や焼けただれた腕の絵をさらしておけば効果はバツグンなのだろう。抑止力としてよく機能するようで、ここ数年剣に関する事件は起こっていない。

 そもそも石台に深々と刺さる剣をひき抜くのには、ただでさえ相当な腕力が要る。増してこの剣は「触れる」ことが最も難しいのだ。なんせ触れたその瞬間から、その者が所有者として相応しいのかどうか精査され、そぐわぬと断定されれば問答なく、強大な魔力でたちまち罰が与えられる。

 今まさに近づく者、――パレオに、剣は光を帯びて告げた。


 ――我こそは、王を待ちわび幾星霜のやいばなり。


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