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八鬼  作者: 城谷結季
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邂逅

 幾重にも押し寄せるライトの波を見送り、沈黙が降りる車内に意識を戻す。

 反対側に座る夕香が車窓に寄りかかり、豊かな髪を掻き上げると微香が鼻を撫でた。

 退治屋は真剣な面持ちで携帯をいじっている。

 どうやらスボルノが消えたことで、滝谷街の倉庫の結界がなくなり、途方に暮れる数人に退治屋の知り合い(多分、同業者)が説明をしているらしい。同業者はともかく、被害にあった一般人には一体どんな説明をするのだろうか。

 隣で眠る女性を見る。穏やかとは言い難い表情で、時折うなされるように声を上げる。そっと腕を擦ればほっとしたようにまた深い寝息になる。不思議とどこかで見たことがあるような親近感が彼女にあり、このまま病院か警察へ赴こうという気にはなれなかった。何より、彼女は妖を退治した。自分と同じ能力を有している可能性がある。

 やがて車がスピードを落とす。外を見れば明かりのない道。慣れ親しんだ我が家は暗闇でもわかる。


「これでお願いします」


 退治屋はカードを渡す。その間に夕香と二人で降り、精算を終えた退治屋が女性を背負って歩き出す。

 玄関を開けると見知らぬ靴があった。


「お祖父ちゃん……?」

「……後ろのは?」


 居間から出てきた祖父は怪訝な顔をし、顎で指す。示すのは退治屋のことだ。


「夜分にすみません」


 謝った退治屋に口を開いた祖父はなぜか驚愕の表情になった。


「おまえ……まさか! おい、佳喜よしき!」


 祖父が振り返り叫ぶと、バタバタと慌ただしい足音が聞こえ一人の男が現れる。見間違いようもない。


「お父さん……」

「綾乃」


 見つめたのはほんの数秒だった。すぐに父は目を逸らすと、綾乃の後ろに立つ人物に視線を投げ祖父と次いで驚く。


「夢!」


 父は靴も履かず駆け寄り、退治屋に背負われている女性の頬をそっと撫でると、安心したかのように深く息を吐いた。


「その女性はこっちで預かる。帰ってくれ」


 声量は普通だったが口調は変わらず、前に出た夕香を退治屋は押し留めた。


「お祖父ちゃん」

「いや、綾乃ちゃん。今日は帰らせてもらうよ。また日を改めて」

「話すことなどない」


 困惑気味の父を除いて話は終わったとばかりに祖父は家の中へと進んで行った。

 退治屋から女性を預かった父も家の中へと入って行く。


「どうもありがとうございました」


 それは憔悴しきった顔だが、久方ぶりに微笑を載せていた。

 父の歩いて行く後姿を見ているとそれじゃあ、と声がかかり慌てて振り返る。


「すみません」

「いいんだよ。それよりあの女性は誰なんだい」


 ふるふると首を振れば、そっかと呟いて夕香と二人帰って行った。

 すぐに居間に向かおうとして客室が開いているのに気付き向かえば、布団に女性が寝かせられていた。


「おまえの母親だ」


 ぶっきらぼうな言い方。慌てて入口を見れば父が立っていた。その視線は女性に向けられたまま。


「お母さん……生きてたんだ」


 はっと気付いて口元を押さえる。知らないうちに母が消え、父もいなくなっていった。もう会うことはないんだろうと思っていたからいつの間にか期待もしなくなっていた。

 そっと父を見れば肩を震わせ俯いている。声をかけようとしてその囁くような怒気に息を呑んだ。


「おまえのせいでっ……」

「佳喜」


 父の背が揺らいだと思ったら、畳の上に転がる。間髪を入れず祖父が父の上に乗り胸倉を掴んだ。しかし二人は睨み合っただけで、祖父が放り投げるように手を離した。


「綾乃、来なさい」


 そのまま部屋を出て行く祖父。そっと父に近寄り声をかけるが無反応だったので、祖父のいる居間へと向かった。




 机に二人分の湯呑を置く。腕を組む祖父と相対する位置に座りお茶を啜ると、名前を呼ばれ顔を上げる。


「おまえの母親は只人ではない。ここで封印され祀られていた妖の一族だ」


 さらりと言われた言葉に咳き込みそうになりながら「妖」と呟けば、更に難しい顔をして祖父は続ける。


「鳴海家は代々その封印が解けぬよう守り続けてきた。だが、何者かにより殻之夢は解き放たれた」

殻之夢からのゆめ

「それがおまえの母親の名だ」


 どこかで聞いたことがあると記憶を探る。たしか退治屋と読んだ、この神社が建てられた経緯に関係があった。


「空?」


 途端に祖父の目つきが険しくなる。


「あの男に聞いたのか?」

「いえ。前に倉庫の掃除をしていたら書物があって……」


 ほっと安心したかのような表情。退治屋が一緒にいたことは黙っておこうと思った。


「殻之夢は以前の力を失っていた。そしておまえを産んで少ししてからは……病院にいる」

「どういうこと? どこか悪いの?」


 祖父は黙りこむ。そして紙とペンを取るとさらさらと書き出していく。


「おまえももう全てを知る年だろう」


 渡された紙には病院の名前。おそらく母が入院している所。だがそれは体の具合が悪いということで入院するような所ではなかった。


「私を……」

「おまえのせいではない。もともと生きていないはずだった者だ。それに……いや、おまえが気にすることはない。それよりも、あの退治屋とかいう男には近づくな」


 低く感情を押し殺したかのような声音に体が震える。祖父は彼のことになるとどうしてこんなにも態度が変わるのだろうか。


「退治屋さんと知り合いなの?」


 ぴくりと、祖父の眉が動く。そしていや、と口にすると少しの間押し黙るも答えてくれた。


「あれは鳴海とは敵対関係にある者だ。まるで理が違う。退治屋などと名乗っておるようだが……狙いは別にあるだろう」


 祖父はきっと気付いているのだろう。

 さっと立ち上がり様、ぽつりと漏らす。


「あの男を信用してはいけない」


 何かを口にする前に部屋を出て行った祖父の言葉をしばらくその場で考え込んでいた。



ありがとうございます。

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