昇華
間が多いです。
退治屋が折れることでおさまった喧嘩。二人とも今は今日の退治についてシミュレーションしながら話している。
綾乃はお茶を入れる朝子の手伝いをしながら、彼女に経緯を説明していた。
「香水をつけるということは何かあったのかもです」
抱きつかれたときに香ったというにおいを話しながら朝子は言う。普段香水などつけない夕香だから、何か隠したいことがあったのではと話す。
「まさか、宗谷さん……」
朝子が一人ぶつぶついいながら急須にお茶を注ぐ。何かおかしいと思っていた案の定、注ぎすぎて中身が溢れた。
「わぁ! すみません、すみません……!」
「どうかしたの?」
慌てて寄ってきた退治屋は、朝子を慰めながら広がっていく惨事の処理を行う。綾乃はかけてあったタオルで朝子の濡れた制服を拭う。
「朝ちゃん、服着替えた方がいいわよ。脱衣所に置いといたから」
「ありがとうございます、夕香さん。宗谷さんと綾乃さんも……ごめんなさい」
「気にすることないよ、朝子ちゃん。さぁ、早く着替えてきなさい」
ぺこぺこ頭を下げ朝子は脱衣所へ向かう。綾乃は再びお茶を入れ直すと、テーブルに並べる。コーヒーは退治屋、緑茶は朝子、紅茶は綾乃、夕香はドク×が残っているのでそのまま。
「僕はさっき言ったように妖に話しかける。綾乃ちゃんは僕と一緒に来て、妖がおかしな行動を始めたら攻撃よろしく。夕香は滝谷街の病院裏倉庫で待機」
「病院裏倉庫……?」
「多分、そこにいるよ。連れ去られた人達」
自信ありげな笑みで、退治屋は話す。
「その妖はある程度どんなものか情報が入っててね。その倉庫に人間を隠しているって専らの噂さ。だけど誰も入れない。結界が張ってあるらしい」
「結界……」
「スボルノってことね」
「ああ、それも強い。そして連れ去られた人間が魂を抜かれている可能性もある」
その言葉に綾乃はぎょっとする。
「見たことあるかい?」
「……何度か」
「そういう妖を倒したことは?」
「ないです。逃げ足が速く……」
「そう。だから君にあの札を渡したんだ。有効に活用してほしい」
微笑んだ退治屋に夕香が詰めよる。
「つまり、綾ちゃんに退治させると? 一人で?」
胸倉を掴みそうな勢いの夕香だが、臆することなくむしろ笑顔さえ浮かべて対峙する。
「もちろん僕も行くさ。ただ、もし僕らがしくじった場合……君だけになる」
「自分のことを心配しろと言いたいのね。ふん、あんたはともかく綾ちゃんに何かあったら許さないからね」
「わかってるさ」
何か言いたそうにしながらも夕香は再び綾乃の隣に座る。相変わらず組んだ足は綺麗だった。
「綾ちゃん、万が一の場合は宗谷なんて放っといてこっち来なさいね」
「はい」
「え、そこはっきりいうかい?」
「すみません」
「いや、謝られても」
「夕香さん、服ありがとうございます。助かりました」
わざとなのか、タイミング良く出てきた朝子はふわふわしたものがいっぱいついた服を着ていた。
レースがふんだんにあしらわれたブラウス、襟元にはレースのついた黒リボン、ふんわりとしたチェックのスカート。なぜか濡れていなかったはずの靴下もレースのついたものに変わっている。
「よっく似合ってるわ!ほら、私の見立てに間違いなかったでしょ?」
「たしかに。でも朝子ちゃんだからこそ似合うんだよ。可愛いね」
「そ、そんな……」
二人の言葉にか、宗谷の言葉にかはわからないがほんのり頬を染める朝子に綾乃も何か言わなくてはと考える。
綺麗にそろえられたショートの黒髪に頭上のピンクの細いカチューシャはしっくりくる。ファッションについてはわからないが、おそらく良い格好なのだろう。
「いつも頑張ってくれてる朝子ちゃんにプレゼントさ」
「わ、わるいですっ」
「気にすることないのよ。いっつも宗谷が迷惑かけてて、ほんとごめんなさいね」
「いえ……私も好きでやってますので。だからお気になさらないでください」
「いらなかった?」
「そんなことないです! ありがとうございますっ……大切にします」
「どういたしまして」
夕香が一瞬苦い顔をしていたが退治屋と朝子の会話が終了すると、いつもの笑顔になる。
「で、今日はもう行くんでしょ、宗谷」
「ああ。夜だと完全にあっちに持ってかれるからね。朝子ちゃんを送りながら行くか」
「そんなにすごい妖なのですか?」
「こっちには能力者がいるから大丈夫さ」
窺うような視線の二人に頷く。どんな妖であろうと退治することに変わりはないから。
身支度を整えた四人は部屋を出て、烏の飛ぶ橙の下を仲良く歩いた。
「さて、と。それじゃあ行ってくるかな」
朝子を送り、夕香と別れ、譲恋々丘の近くに退治屋と二人でやってきた。
辺りは人通りも少なくちらほら街灯がつき始める。
「後はよろしく、綾乃ちゃん」
「わかりました。お気をつけて」
いつも通りに退治屋は歩き丘に向かう。
ここからは丘がよく見えるがそれらしき人は見当たらない。しかし妖だからなのだろう。
ふと後ろを振り向くとロモモと目が合った。
窺うようにこちらを見ていたがすぐに隠れる。壁についた手が見え見えなのに隠れているつもりらしい。
逃すまいと足を踏み出したとき、ぞくりと怖気が走り反射的にその場から飛び退く。
[みぃつけた]
頭に響き渡るような掠れたおどろおどろしい声。
先程までいた場所に髪を振り乱す女の姿があった。
飛び出た白い眼球がこちらをぎょろりと見る。幾筋もの血走った眼に吐き気が込み上げるが、押し留まりすぐに構える。
深く息を吸い目を閉じる。
落ち着けばスボルノの動く気配がわかる。今までの経験から学んだことの一つだった。
ついと勢いよく手を突き出す。何かに包まれているような感覚と共にたしかな感触が伝わってきて、やがて辺りに絶叫が響き渡った。
ゆっくりと目を開ける。
スボルノは形を崩し、煙が立ち込めている。しかし倒せたわけではなかったらしい。
再び相対しようとしたとき、微かに足音を聞く。一般人だとしたら妖は見えないがこのままじっとしているわけにはいかなかった。
退治屋なら駆け足のはずだから。
来る前に終わるだろうかと、息を吸い最後の手段に出ようとした時だった。
「紅衣なのね……?」
若い女性の声。振り向けばまるで病院から脱走したかのような出で立ち。足も裸足で痛くはないのだろうかと考えてしまった。
一般人にしては様子のおかしい女性にどうすべきか悩んでいると、スボルノが視線を女性に移した。標的を変えたのだとわかりいそいで女性の前に行ったが、なぜか手であしらわれる。
「危ないですから!」
「紅衣でしょ? 私の大事な……仄姉様」
動き出していたスボルノが止まる。うめき声のようなものを漏らし、形が歪んでいく。
驚いて女性を振り返れば、前に進み出てスボルノに触れようとする。
「そんな姿になってまで……私のせいよね。還りましょう」
女性はふっと息を吐く。すると金色の粉のようなものがスボルノを包み込む。
だんだんとその姿は消えていく。
[夢]
頭に響くような声。けれどそれは先程までの痛みを伴うものではなく、心地良い優しさの滲むもの。
はっと我に返った時、何事もなかったように道路はいつも通りだった。
「綾乃ちゃん!」
振り返れば息せき切って退治屋が現れた。それと同時に、女性は力尽きたように倒れる。慌てて退治屋が受け止め、何事かわからないといった様子の視線とぶつかった。
瞬時に浮かんだのは、女性とスボルノの言葉。「夢」「紅衣」――どこかで聞いた。
「この方を私の家まで運びたいと思います。できれば退治屋さんと夕香さんも一緒に、祖父の話を聞いていただけますか」
「一度きちんと話してみたかったしね」
そう言って退治屋は携帯を取り出すとタクシーを呼ぶ。そういえば携帯があったことを思い出し、今度からは活用しなければと溜息を吐く。
タクシーが到着する頃には、街灯だけが照らす闇となっていた。
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