退治屋
ブログからの転載ですが、よろしくお願いします!
ゆらゆらとのぼる一筋の白煙。煙草を吹かす男は三十代前半頃。
短髪の頭をぼりぼり掻きながらフケを撒き散らし、机と向かい合って苦悶の表情を浮かべている。
背後の窓から射し込む日射しはほとんどなく、それは向かいの高層ビルで遮られていた。だから机の上の明かりはいつも灯されていた。
対して金茶の長髪を緩やかに垂らした赤いスカートの女は、男の方へ小型の扇風機をこれ見よがしに向けて苦い表情。開け放した窓に腰をのせ、組んだ足が滑らかに光っている。
彼女自慢の髪が爽やかな風で波打った。
「何度言ったらわかるのよ。煙草はやめろって、散々言ってきたでしょ。吸うんだったらどっかに消えてこのカス」
柔らかそうで整った唇から発せられた声は怒りをにじませた低音。それでも男は鬱陶しげに目を合わせただけで、また机と対峙する。
「全世界の喫煙者に君は同じことがいえるのかい? なぜ煙草を吸うのか、それはこのストレス社会の賜物だろう? 君だって、ストレスがたまれば発散するだろ? それがたまたま僕は煙草だっただけ。そして君が来たとき僕はたまたま煙草を吸っていた。もう一度聞こう、君は先程の言葉を世界中の喫煙者に対して言えるのかな?」
「あーいえばこーいう!その屁理屈ほんとどうにかしてよね!」
「これが僕の性格なんでね。長年のスタイルはそう簡単に変えられないよ」
「じゃあそのぺらぺらよく喋る口、塞いであげるわ!」
「これだから女は……自分のことを棚に上げて人ばっかり気にする。高血圧になるよ」
「あんたのせいじゃないの!」
「ここは僕の部屋だから僕がどう使おうと別に勝手だろ?嫌なら君が出て行くべきじゃないのかい」
してやったり、にやりと笑い顔を上げた男を見て、女はぐっと拳を押さえた。
数秒後、派手な打音が響いた。
「いったいなぁ」
のらくらと起きあがった男は、机のあった場所から一メールほど先の壁にもたれかかっていた。頬にはくっきりと拳の跡が残っており、すりすりと擦っていた。かけていた眼鏡は顎までずれ下がっている。
「とっさに袋技使わなきゃ病院送りだったよ」
「送れなくて残念だわ」
ふんと鼻を鳴らし振り返って髪を翻した女は、ドア前に立つ女性にあっと声を上げた。そしてひきつった笑みを見せながら「今の見た?」と問う。
女性は無表情で、でも少し腰を引かせながら「はい」と答えたのだった。
「さてさて、みっともないところを見せてしまって悪かったね。えーと……名前は?」
男は再び机を前に座ると、目の前のソファに腰掛けるよう女性に促し、話を始めた。
その傍でぱたぱたと動き回るもう一人の少女は、二人の喧嘩らしきことが終わって少し後に来た。
どうやら二人とは知り合いらしく、お茶を入れたり傷の手当をしたり大変そうだった。中学生くらいであまり見かけない制服を着ていた。
「もう大丈夫だよ、朝子ちゃん」
「何言ってるんですー! こんなに腫れてるじゃないですかー。しばらくこうやっててくださいねっ」
朝子という少女は氷水を入れた袋をタオルで巻き、男の頬に押し当てた。一瞬叫んだものの男もおとなしくそれを持つ。それに女は呆れたとでもいうように首を横に振った。
「それで、お名前は何ていうのかしら、お嬢さん」
男の机に腰掛け足を組んだ格好の女は、興味が無さそうに男の後方の窓を見やっている。
「鳴海綾乃といいます。突然お邪魔して申し訳ありません」
女子大生くらいのショートカットの女性――綾乃は、顔を俯き加減にしながら定例文を述べる。
「ここに退治屋があると」
「誰から聞いたの?」
「張り紙がありましたけど」
綾乃の言葉に女は「はい?」と間抜けな反応を示してしまい、慌てて咳払いしながら男の方をじろりと睨む。
男は男で、冷や汗を流しながら笑顔で頭をぼりぼろと掻く。ふけが飛び散りそうな勢いだった。
「そうだったそうだった。え、じゃあもしかして一緒に妖を退治してくれるのかなぁ?」
「はい」
綾乃の義務的な簡潔即答に女は溜息を吐き、目の前にある机にどんと両手をついて綾乃をじっと見つめた。引けずに綾乃も女の目を見る。美しい翡翠の瞳は吸いこまれそうだった。
「生半可な気持ちならお断りよ。死なれても後片付けに困るし。もちろん、妖のことは知ってるんでしょうね?」
「過去に何度か遭遇してきました」
「経験者?」
「幾度か」
「技は?」
「打撃系と殺傷系」
「誰から?」
「独学ですが」
「レベルは?」
「ロモモ七体、スボルノ四体、ガナベ一体」
「一人で?」
「ガナベのときはもう一人と」
「何歳」
「十九です」
「大学生?」
「いえ」
「紅茶とドク×どちらがお好き?」
「水です」
「だってよ、宗谷」
打っては返すような綾乃と女性の会話に、頷きながら宗谷は腕を組んだ。
「まぁ何はともあれ、まずは実力を見せてもらわなきゃだね。よし、退治に行くか」
宗谷は朝子に氷水の袋を預け、肩をこきこきと鳴らす。大きく伸びをすると顔だけ綾乃に向け笑った。
「僕は宗谷直。この退治屋の主」
「私は夕香。私も妖を退治してるの」
「あ、あたしは浪花朝子といいますー。“朝”に子供の“子”と書きますが、“ともこ”ですからねっ! 私は退治屋さんのお世話をさせていただいております」
「ほとんど宗谷の世話ばっかだけどねー」
一人一人の名前を呟きながら頭に叩き込む。
これが鳴海綾乃と退治屋に属する者達との、最初の出会いだった。
夕時の空に浮かぶ雲は仄かな茜色。ゆっくりと漂う様はまるで自分のようだと思うが、今の状況は少し違うかなと否定した。
文字通り引きずられるようにして辿り着いたのは、寂れた商店街だった。
今でも数店舗が営業しているようだが、閑散としていて見る影もない。まだ母もいた頃、この商店街にある映画館によく通っていた。それはまだ父が自分たちを見ていてくれたときの話。あのときの面影はここにはない。それは綾乃自身も同じだった。
時と共に移りゆく景色に重ねた心情は、どことなく心許ないままゆらゆら揺れる。やることはひとつ、「妖を倒す」だけなのに揺さぶられる。
「ここは前から目をつけていてね、最近見かけるようになったんだ。ロモモだけどね」
「一体?」
「それが不思議なことに六体さ。集団行動が嫌いで殺し合う奴らに何があったんだろうね」
話しながら夕香が白い紙のようなものに息を吹きかけると、紙はひらひらと舞って商店街へ消えていった。
「どっちにしろ良いことじゃないわよ。さ、行くわよ。準備はいい? 綾乃ちゃん」
「問題ありません」
目の前のことに集中しようと顎を引いた時だった。
右端の隅に気になるものを見かけた気がして振り向けば、走り去っていく“何か”がいた。
「見たかい? 目が良いね、間違いないよ。僕も見た……行くよ」
退治屋の低い合図に夕香と頷き、駆け出した。
ありがとうございます。