八章■まばゆき金
ボクが視線を上へと上げるに従って、それは強くなった。広い空間の先、細い道が奥へと続いている。曲がったその先がほんのりと光っているのだ。ここ全体を覆う光とは違う温かみのある色。
「行きましょう!!」
風がずっと吹いているということは、外に通じているという事だ。ただ、こんなにも強い風が吹くものなのか――。
走り出したボクに続いて、ヨドウ氏も走り出す。
「謎が謎を呼ぶ。面白いよ。一体この空間はなんなのか……。自然物としても道があまりにも中央にあり過ぎる。君は気づいていたかい?」
そうだ。
人工物というには全てが違和感なく存在している――しかし自然物とも言いきれない。その構造があまりにも計算されたかのように、今向かっている道を中心として対照なのだ。
「気づいていました。ヨドウさんはどう思うんですか?」
謎だから面白い――そう彼は言った。ボクに言わせれば、ヨドウ氏もまた謎だ。どこまで知っていて、どこまで知らないのか……。彼はこの世界に馴染み過ぎているのだ。驚きや戸惑い――そういった類の感情を彼の行動や言動から、ほとんど読み取ることが出来ない。
ただ、シュナに関すること以外では――。
「何か特別な雰囲気は受けるね」
「ここはなにか意味があって存在している――ということなんでしょうか?」
「そうかもしれない。何か儀式のような……見なさい! 光りが強くなった!」
話しながら走り続け、いつの間にか光っている道のすぐ目の前まで来ていた。
暖かなオレンジ色の光り。鮮烈であるのに、穏やかな気持ちになるのはなぜだろうか?
この光りの先にあるものは出口――なのか、あるいは別のものなのか。風が吹いている。ずっと。
空気が対流して起こるのが風だ。出口があるならば、そこから入り込んだ空気で風も起こるかもしれない。しかしこの強さはなんだろう?
謎――謎だらけだ。
のんびり観光気分でいたのは間違いだったのかもしれない。ボクはこの「夜鳴鳥島」という場所に、何か秘密が潜んでいるのを感じた。とにかくだ。今は目の前の光りの正体を知るべきだ。出口であれ、なんであれ、これからのボクらの進む道を決定する「何か」であるような気がするのだ。
「彫像だ!!」
どちらが叫んだのか、分からないほど同時に声を発する。声の先。
鳥を象った大きな像が光りを放ち、存在していた。
なんという光りなんだろうか!
直接的な暖かさを感じるくらいのオレンジ色の光り。かなり寒いこの空間にあって、どうしたらこんなにも熱量を持っていられるのだろうか。
「ヨドウさん! これは……」
「ああ、間違いない。同じ彫像だよ」
驚きの表情を貼りつけて、氏は光りの源を凝視している。ボクは頭の隅から、閃くようにオレンジ色の記憶が蘇ってくるのを感じた。
「シュナの…シュナの気配を感じませんか!?」
オレンジ色はシュナの色。汽車で出会った暖かな獣。あの薄っぺらな紙から現われた暖かなボクの友達。
「近いぞ!」
「行きましょう」
彫像は気になる気になるが、シュナの方が優先だ。ボクは氏の指差す方向に走り出した。
と、背後から強烈な光りが放たれた。
「なっ!」
振り向いたボクはあまりの驚きに息を飲む。彫像が動きだしたのだ。先ほどまで確かに堅い石で出来た像。動くことなど考えもしなかった。
広げた羽を激しくばたつかせ、太い足を踏み鳴らす。
「これはまた珍しい光景だな」
「なに悠長なことを言ってるんですか!」
肝の据わっている人だ。でもシュナの気配が近くにある以上、早く見つけるか動きだした彫像を止めるかしなければ危険だ。後者は近づくことすらできそうにない。
立ち上る砂煙に目を凝らし、小さな姿を探す。
「シュナくんは無事だ。もっと右側の奥の方らしい」
わずかに肩をすくめて、ヨドウ氏が彫像の光が届いていない曲がり角を指し示した。
安心だと言われたことで少し落ち着きを取り戻したボクだったが、騒々しい状況には変わりない。広間になっているとはいえ、彫像が羽を広げているのだ。バサバサと音を立てて羽ばたいている側を通るのは至難の技のように思われた。
当るとやはり痛いんだろうな……。
鳥の羽に当ったくらいで普通はケガなどしないだろうが、これは堅い石で出来ているのだ。いくらしなやかに、まるで本物の羽のように動いていたとしても――。
「行きたまえ!」
あの柔和な表情が見えたかと思った瞬間、ヨドウ氏は彫像の前に踊り出た。
「でも!」
「でもヘチマもない! シュナくんは君を待っているんだ!」
ボクの頷きを確認すると、氏はサンダルを脱いだ。それを叩き合わせて大きな音を立てる。
瞬間、像は動きを止めた。
「シュナ!」
ボクは息を止めてわずかに出来た隙間に身を滑り込ませた。頭が抜けた丁度その時、羽は再び動き始める。空を切る堅そうな羽の音がした。
「ほら、もう一丁いるかい!?」
大きなヨドウ氏の声が聞こえた。背中に空気の振動を感じながら、ボクは走り出した。彫像の奥は楕円になっていて、右側が横に向かって小さく窪んでいる。ボクは膝をついて、その真っ暗な空間に手を差し込んだ。
柔らかいものが触れた。
「今、出してやるから!」
開いた手の平にちいさなツメがあたった。ゆっくりと腕を引くと、
「チチッ」
懐かしい声が聞こえた。
黒く小さな瞳。汽車の中で見た同じ光を湛えて、シュナはボクを見ていた。
「よかった……」
つぶしてしまわぬように気を付けながら、そっと抱きしめた。暖かな体温。この寒さのなか、冬眠に入っていなくて本当に良かった。冬眠はすべての体力を使って、寿命を短くしながら行う生き残るための手段――だからこそ、人の手にあるうちは常に動いている方がいい。
この旅がどのくらい続くのか、すら分からない現状。それでも――この旅が終わっても、ボクはシュナと一緒にいたいと思った。
「シュナくんは見つかったか!?」
すさまじい勢いで羽ばたく彫像の向こうから、ヨドウ氏が叫んだ。
「いました!」
「安心したよ。ところで、そこは行き止まりなのかい?」
細かい表情までは見て取れないがあきらかに安堵の声を出して、すでに氏はこれから進むべき道を探していた。
「今、調べます!」
彫像の動きからして、この奥に何か隠されていることは確かなのだ。
「道はありません!」
何かあるはずとボクは懸命に探した。道が見つからないならば、他にきっと先に進むためのポイントがある――あって欲しい。ツルリとした壁の表面。彫像が光りを放ち、動く羽が影をちらつかせている。
凹凸があるかもしれない。壁面をゆっくりと指でなぞってみた。こういう場合、冒険映画なんかでは必ず秘密の取ってなんかがあったりするのだが、実際にはそう上手くはいかないらしい。
「こっちへ戻るか?」
ヨドウ氏が別のルートを探ろうとしている。ボクは気持ちを切り替えて、もう一度あの硬い羽をすり抜けようと考えた。
「シュナ!!」
ポケットに大人しく納まったと思った小さな体が走り出した。ボクがあわてて追いかけるとシュナはすぐに止まって、まるでスローモーションのようにゆっくりと動き始めた。シュナが微速で向かっているのは、ボクの手の平がすくい取るまでいた、あの窪みだった。
「もしかして!」
何か伝えようとしているのかもしれない。シュナはただのヤマネじゃない。
ボクの大切な友達なのだから――。