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七章■白銀なる

「ヨドウさんは何を持ってくるつもりなのかな……」

 独り言は内へ内へと向かう思考を止めるためにも、今のボクには必要なものだった。

 事が深刻になる前に、あのサンダルを引きずるような足音が聞こえた。キラリと山と積まれた家財を光が照らす。円柱状の黄味がかったその光りは、懐中電燈のようであった。

「まぶしっ!」

 唐突に光りがボクの顔を照らした。

「そんなに驚くことはないんじゃないか?」

「ヨドウさんは太陽の下に行ったからです。ボクはずっと光りを見てないんですから!」

 遠くからでもボクの表情は読み取れたらしい。心底可笑しそうに肩を揺らしている。ボクはからかわれるほど子供ではないつもりだったが、還暦を過ぎようとする彼の目には子供にしか映らないらしかった。

「さあ、シュナくんを探そうじゃないか」

 近づいてきたヨドウ氏が持っていたのは、ボクが予想した通り一昔前の大きな懐中電燈だった。幼い頃、これを肩から下げ蛍を追ったように思う。

「そうだ! これを照らして下さい」

 倒れた彫像を指さした。丸い光りの軌跡だけが明るく、反比例して周囲が余計深黒に思えた。懐かしい光りが照らし出したのは、彫像の細かい造作だった。強い陰影を放ち、目がするどく光る。

「鷹っぽくないですね……」

「てっきりそんなところかと思ったが、別の鳥なのか?」

 ボクの頭に一つの考えが浮かんだ。

「そうだ! やっぱりわらべ歌に関係するんじゃないですか!?」

「やもりがらす!」

 そうだ! そうに違いない。

 この彫像もよくよく見れば、するどさに欠ける。カラスと考えれば考えるほどそういう風に見えてくる。

「とにかく、中に入ってみましょう」

 ボクは先頭に立つと、足をそっと光りの届かない穴の奥へと下ろしていった。

 カラスの濡れ羽根のような闇。ボクは本当は心底怖かった――未知のものへと足を踏み入れるなど、今までなかったように思う。いくら知らないと言っても、どこかしらで情報は耳にしたり目にしたりしていた。すべてが既知の世界に、このドキドキはないだろう。

 ヨドウ氏が懐中電燈で奥を照らしてくれる。両の足を斜面につけた――その瞬間だった。

「うわぁっ!」

「君!!」

 ボクの声に反応して咄嗟に氏が手を出してくれた。

 でもそれはボクの指先を掠めて、掴み取ることは出来なかった。

 ボクが足を下ろした斜面――それはまるで子供らが踏み固めた土山の滑り台のようになっていたのだ。しかもひどく堅い地面の上に、細かな砂粒が覆っていたから。本当に滑り台のように、ボクの身体は一気に狭い通路を通りぬけた。

 閉ざしていた目を開けたとき、心臓の強い鼓動とともにそれは飛び込んできた。

 広く広く、どこまでも広い空間。天井は軽々とボクの身長を越えていた。

「ここは一体!?」  

 キンと冷えた空気が耳をつんざく。ゴツゴツとした岩の表面とは対象的に、磨き込まれた大理石のような床。

「鍾乳洞?」

 自分で呟いておいて、ボクは首を振った。修学旅行などで見たあの洞穴とは、持っている雰囲気が違う。人工的のようであり、自然物のようであった。

 ぐるりと見渡して見る。背後は壁面が迫り、前方には広い空間とその向こうに道らしきもの。小さく黒い穴が天井に開いている――あれはボクが滑り落ちて来た穴だ。キラリと光りが一瞬さし込む。ヨドウさんだ。きっと心配しているに違いない。

「大丈夫です!」

 声を張り上げた。水を打ったように静かだった洞穴に、ボクの声が反響しながら響いていった。再び光りが射し込んだ。

 この時、初めてボクは気が付いた。あの穴から今立っている場所を覗いた時、確かに暗闇だったはずだ。なのにどうしてはっきりと辺りの様子が見えるのだろうか?

 ドスン!

 背後で何かが落ちる音がして「いてて」と、うめく声が聞こえた。

「ヨドウさん! 来たんですか!?」

 腰をさすりながら、彼は苦笑した。

「いや、君の様子を窺っていたら落ちてしまってね……」

「大丈夫なんですか? すごい音でしたよ」

「受身を取れないとは、私も年を取ったもんだ」

 ヨドウ氏は後ろ頭を手でさすった。 

「明るいと思いませんか?」

 まだ痛そうにしている氏に、ボクは疑問を投げかけた。

「う…む、確かにこの明るさはどこから来ているのか……」

 彼もまた腕組して天を仰いだ。青白く浮かびあがった空間の中に、たった二人。幻想的な風景にしばし、時間を忘れた。まるで岩壁や床面自体が淡い光を放っているかのようだ。


「さ、寒い!」

 この空間の圧倒的な雰囲気に飲まれて気づかなかったが、ここはずいぶんと涼しい――いや、寒いくらいだ。鳥肌のたった二の腕をこすりながら、ボクはヨドウ氏に声をかけた。

「こんなに寒くては凍えてしまいます――それに、シュナが心配です」

「おお、そうだ。まだ気配は感じられないから、少し歩いてみよう」

 ボクと同じように青ざめた顔を向けて歩き出した。サンダル履きの彼のつま先が寒そうだ。氷のように冷気を感じる床面を揃って進む。

「あれはなんだ!」

 ボクがシュナを探して脇見している間に、氏が前方になにか見つけた。

「光ってる……!?」

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