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三章■鶸色の傘

 素足で音を追いながら、地面を静かに踏みしめる。ビリビリと細やかな振動。そうかと思えば強くはっきりしたものもあることが、裸足にしっかりと伝わってきた。靴を履いていたままなら、分からなかっただろう。規則的な波の音。そして断続的な鳴動。互いに尊重し混ざり合い、まるで大地のリズムを刻んでいるようだった。

 心地のよいリズムにしばらく酔いしれていた。しかし、ボクの頭の中で誰が言うのだ。

「謎を解こう」

 不思議は不思議のままの方が楽しい。そう思っていた。いや、今でもそう思っている。けれど、知りたいという欲求がボクを捉えて離さなくなってしまった。

 音が地中から聞こえるというのは、どういうことなのだろう。ボクは再び頭をひねって色々と想像してみた。通常の世界で考えるならば、おそらく地下に部屋のような空間があるのだろう。しかし、ここは現実の世界の常識からはすこし離れた場所だ。何か驚くことが隠されているのかもしれない。ボクは自分の心音が砂浜に響く音と連動して、跳ね上がる音を聞いた。

 日本的な風景ではあるけれど、アンデルセンの童話に出てくるような小人が太鼓の練習かもしれないし、巨人が足を踏み鳴らしている音かもしれない。考え始めると楽しくて、ボクは振動の続く砂浜に腰を下ろして考え続けた。ジリジリと焼けた砂が太陽の暑さを伝えている。

 ポケットが動いた。

「ん…あっ! しまった。ゴメン、お前がいることを忘れていたよ」

 ボクはいいけれど、シュナにはすこし暑過ぎる。脱ぎ捨てた靴下と靴を拾うと、すぐ側の松林に向かった。


 密集した松林は、強烈に輝く太陽の光りを遮断して暗く感じるほどだった。ごそごそと動いているポケットをのぞく。くるりと小さな身体を反転させて、シュナが鼻をボクの方に向けて動かした。幾分疲れたようにも感じられるが、見た限り大丈夫のようだ。

 少し距離を走ったので、音は聞こえてこない。そっとポケットに手を入れて、シュナを引っ張りだしてみた。汗をかいて毛がしっとりとしている。 

「何か食べるか?」

 そうシュナに言ってから、ボクもすっかりハラペコであることに気がついたのだった。気づいてしまったが最後、空腹感が音を立てて主張してくる。

 誰が聞いているわけでもないが、恥ずかしいものだ。とっさに、お腹を押さえた。家を出たのが夕方遅く。夜食は汽車を降りた後で、買い出しでもしようと考えていたからカバンを逆さにしたとしても何も出て来ないだろう。

 食べられるものはないと分かると、ますます激しく腹の虫がうごめく。   

「うーん」

 ボクは思わず唸った。ここへ来る途中で拾った靴下を履きながら、周囲を見まわして見るが、すぐに食べられるようなものはなさそうだ。蝉がジリジリと暑い夏を演出している。思えば思うほど腹は減り、喉までも乾いてきてしまった。

 水くらいはあるかもしれない。

 音の正体を知りたくもあるが、今はそれどころではない。この空腹感をどうにかしなくては、一もニも始まらないとさえ感じてしまうのだ。ボクは次の行動を、水を求めて周囲を歩き回ることに決定した。


 手始めに松林の中を捜してみる。案外と広く、深い。このまま、遠くに見えた丘へとつながっているのかもしれない。生い茂った草を踏み分け、しばらく探して見たが、涌き水のようなものは見つけられなかった。蝉の声が一層うるさく感じる。

 夏の陽射しにイタチの目陰。黒光りする瓦を目にして気がついた。

 ここではまだ人に出会っていないけれど、民家があるのだから水道くらい通っているはずだと。

 あまりにも不思議なことばかり起こっていたので、失念してしまったみたいだ。来た道を戻る。相変わらず、生活感を漂わせながら家々が立ち並んでいた。風鈴がチリンと鳴っている。 いざ、民家を前にすると身体から動かない。人の気配は感じられないものの、やはり他人のうちに無断で入るのは躊躇われた。玄関がこちらを向いているものもあるが、連立する家屋のほとんどが壁を道路に向けている。中庭を持ち、狭い通用口を通ってからでないと母屋の玄関に辿り着けないタイプの家だ。

 呆けた様に道路の真中で、左右の家を見ていた。突如、右5軒目の通用口に白い影が少しのぞいて奥へと消えた。

 人がいる!?

 ボクはあわてて、白い影を追った。同じように見える家の中から、一つ小さな門をくぐる。打ちっぱなしのコンクリの通路だ。わずかに土色が混ざる白い壁。高くせり上がったそれは、ここが外界から離れていく道であるとボクに知らせているようにも感じた。

 押し寄せてくる重圧感に目を半ば閉じ、辛うじて足元だけを確認しながら走り抜ける。実際には数秒、数メートルというところなのだろうが、ひどく長く思えた。


 世界は突然広がった。明るい日差しが差し込んだ中庭は、菜園と呼ぶ方が近いくらいの植物に覆われていた。中央に大木――あれは楡か? ――が濃い緑の葉を広げている。小さく区分けされ植えられている植物達は、向こう側の建物が見えないほどだ。

 と、その緑の森の向こうから、童歌がかすかに聞こえてきた。ソクズが高い垣根を作り、その周りにエンドウの蔓渡し。スイセンが鶸色の傘をたくさん空へ向けている。

 ノシラン、ホオヅキ、ハナウド、オオケダテ……。

 四季折々の草花の向こうから、涼やかな声。


  よーぼか よぼか 

  よーぼか よぼか

  やもりがらすのこもりうたー


  とりなし とりなし よるもなし

  な-きて なかずば よるもなし


  めでみよ めをみよ  こころみよ

  ちふかく てんたかく ゆめをみよ


  よーぼか よぼか

  よーぼか よぼか

  やもりがらすのこもりうたー


 そっとボクは繰り返される童歌をメモ帳に記し、声の主を見ようとゆっくり足を進めた。その時、カサリと音がした。見ると、いつの間に出たのだろうか?

 視線の先をシュナが走っていく。中央の楡の木を目指しているらしい。ヤマネはペットではない。手放したが最後戻ってこないのではないか?

「シュナ!」

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