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二十二章■黒檀の瞳

 眩しい――。

 目が開けていられない。夏の陽射しが目を刺し貫く。

 それが突然遮られた。見上げた空には夜が掛かっていた。巨大な鳥の羽ばたき。その後ろ羽から星の輝きを乗せて、夜の帳が下ろされていくのだ。

 幻想的な光景。

 真夏の景色は一変して、涼やかな秋の装いへと色を変えた。蝉と入れ替わりに虫が鳴く。

 スズムシ、コオロギ、クツワムシ。

 賑やかに晴れやかに夜を祝って鳴いている。


「世界は廻り始めるでしょうか……?」

 美しく彩られていく視下を眺め、ボクは呟いた。

「夜は明ける。そして、空はもう一度暮れる」

「ボクが知らなければならなかったことは、誰の中にも暗闇が存在すること。何より、ボク自身がそれに気づいて、辛くても前を向いて越えて行かなければならなかったんですね」

 氏は何も語らず、ただまっすぐに真剣な顔でボクの目を見た。そして、口の端をわずかに上げたのだった。

 シュナの放つ光だけがボクらを照らし続けていた。


 響いたわらべ歌。

 今この時から、ヨドウさんやシュナに出会った時までのことを、順を追って遡っていく。

「あ」

 大事なことを言い忘れていたことに気づいた。

 あまりにも自然で、あまりにも当たり前のようで、すっかりしたつもりになっていた。

「ヨドウさん、ボクの名前は地早至ちはや・いたる)と言います。名乗るのがこんなに遅くなってごめんなさい」

「キミの名は知っていたよ、至」

「そうですか」

 分かっていた答えのように思えた。口の端をあげ目を細める。ヨドウさんも目尻をさげ、ボクの顔をじっと見ていた。

「この場所へと誘ったのは私だからね」

「やっぱりボクにヒントをくれてたんですね。じゃあ、シュナと引き合わせてくれたのも――」

「いやいや、シュナくんに出会ったのは私の関与するところではないよ。シュナくんは私がキミを見つける光の印にはなったが、ただそれだけだ」

 ボクはポケットのシュナを覗き込んだ。

「眠ってる……」

 問いかけようとして止めた。

「私は名の通り、ここに来た者に道を与える者だ。だから、キミが自分で考えねばならない。そのためには同じ立場でなければならんだろ? ずいぶん手助けしてしまった気がするのは、至のような子供がくることは滅多にないことだからね」

「他にも誰か来たんですかっ!」

「もちろんだよ」

 ゴマ塩頭を手で撫で、氏はニッと笑った。

「キミのように勇敢な子は、あまりいないがね。もっと歳の行った者は与えられた道を見つけることすらできずに、再び汽車に乗る」

 そこまで言って、ヨドウさんはどこまでも広がっていく夜空を見上げた。

 ボクも同じように空を見上げた。光は瞬く星。月の輪郭がはっきりと見えるほど澄んだ空気のなかを、大きな翼がまだ空を巡っている。

 わずかに眉間にシワを寄せ、

「道の持つ本当の意味を知ることこそ、新しい世界へ踏み出せる大切な一歩なんだからね」

 分かっているね?と確認するかの如く、氏は首を傾げた。

「さぁ、どうするね? キミは夜を見つけた。これからどうするかな」

 ボクは胸に手を当てた。

 あの夜汽車に戻り、次の駅で降り自宅へと帰る。それはボクがこの旅を終えて同じ道を辿るのとは訳が違うのだ。

 持ち得た意志。

 持ち得た心理。

 アスファルトを踏む足に込めた願いが、ここに来た時とは確かに異なっているのだから。

「シュナ。お前はどこへ行くんだい?」

 ボクは駅で汽車に乗るだろう。

 それは元の世界への汽車なのか?

 黒く輝く宝珠。シュナの瞳に映るのはボクだ。ボク自身が決めるのではないか?


「ヨドウさん、ありがとうございました」


 ボクは氏と握手を交わす。

 同時に、遠く汽笛が鳴った。



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