二十一章■白む空へ
真っ暗な中を進む。シュナの放つ光だけが頼り、氏が履くサンダルの音がずっと前の方から聞こえている。細い通路を通りぬけ、ボクはトンネルの先に淡い光を見つけた。
「あれは、太陽の光……?」
薄く射し込んだ光は暖かなオレンジ色。青白い光を放っていたもう一つの地下空洞とはまったく別の光だ。その光の中に、黒く象られヨドウ氏の陰影が浮かんでいる。ボクを待っているのだろう。ようやく追いついた。
そして、彼の肩越しに見たのは驚くほど大きな黒い影。
「鳥!! この鳥はなんなんですか、ヨドウさん!」
「そう、これが夜鳴き鳥だよ。君は分かっているんじゃないのかい」
白い歯が零れた。その笑顔はどこか寂しげであることに、ボクはすぐには気づかなかった。何を意味しているのかに――。
気配を察してか、鳥は羽ばたきを繰り返している。ボクは一歩を踏み出した。何度となく、ここへと向かって差し出した足を。
夜鳴き鳥――それはカラスだった。
黒光りする羽と、黄色く太いクチバシ。激しく翼を震わせている。あの歌に現われたカラス。随所に設けられた彫像を考えれば、答えは確かにボクの中にあった。
知っていたのかもしれない。ここに彼がいることを。そしてまた、夜鳴き鳥もボクが来ることを知っていたのかもしれない。太陽が創り出す光りに、小さな漆黒の瞳を瞬かせて。
ヨドウ氏がカラスの傍らに立っている。
「何が知りたい?」
言葉が浸透してくる。ボクは心に問いかけた。今、何が必要なのかと。
「ボクは……」
声が震えた。必要とされること、自分の好奇心を満たすこと。この世界にきて、ボクが歩いて来られた理由はこれだけだ。
さっき見た祖父との別れ。あれが現実なのだ。
「ボクは、ここに来る必要があったんでしょうか……」
「必要がなかった…と思っているのかい?」
「いえ、逆です。ボクだからこそ、ここにいるのだと」
シュナの放つ光が揺らぐ。ポケットの中で寝返りを打っているのだ。そっと触れて、ヨドウ氏を見た。
「なぜだと、キミは思う?」
「ボクには真っ直ぐに未来を、自分の心を見据える精神力を持っていなかったんです」
「だからだと?」
「はい。この世界に来たのは偶然ではなく必然じゃなかったのか――。そう思えてならないんです。胸の中に空いた穴を誰も埋めることは
できない。自分の手で土を掴んで、ひと掬いづつ元通りにしていくべきなんです」
夜鳴き鳥が一際大きく羽ばたいた。風が巻き起こる。
「ボクは気づいていなかったんだ」
「それがキミが得た答えだとするなら、これからどうするつもりかな?」
氏を見つめた。彼が答えをくれるはずがない。確かにボクをここまで導いたのは氏の言葉であり行動だった。けれどそれは、明確な回答ではなくヒントだ。ヨドウの名が示す通りに。
隠し扉を探して開けるようなものだ。ボクは答えを探した。冒険小説では都合良く、その取っ掛かりがあるものだが今はない。例え、よく読んだ絵本に似た幻想世界であってもだ。
「……わらべ歌」
そうだ。
あの歌詞を、すべて実行しなければいけないのではないだろうか?
現実世界に帰る決心はまだついていない。しかし、目の前にある大きな壁を砕き、道を見つけるためには必要なことなのではないか――そう感じた。
ボクは傍らに忘れられていた鞄を探る。放り込んだメモ帳。慌しくページを捲った。
歌われる理由はなんだろう。
「呼ぼか」とあるが、夜守り烏を呼んでいるのか?
この世界には夜が無い。元から無いのかもしれないが、この歌が頻繁に現われるということは、夜を取り戻さなれればならないことを、示しているに違いない。夜が来ないから、季節が巡らない。
例え人は住んでいなくとも、ここは自分を取り巻く世界の一端だ。時間と輪廻の流れから隔離されていくことが、良いこととは思えない。
現実と幻想。それはリンクし、互いに影響し合っている――それはボクが散々書いた物語の基本ではないか。
「答えは出たのかい?」
ずっと黙って夜鳴き鳥の羽を撫でていた氏が言った。夜を取り戻すためにはどうすれば、いい?
呼ぶ――そうか。
ボクは叫んだ。泣きそうな目をした大烏に。
「お前はカラスだ! 家に帰れ!!」
夜鳴き鳥が高々と嘴を上げ、鼓膜を破らん勢いで鳴いた。それは欣舞の姿だった。
黒羽のカラスが空に舞う。
天から降り注いでいた太陽の光に向かって。暗い地下に開いた大きな穴。そこから、いくつもの羽を舞い散らせながら夜の鳥が空へと帰っていく。
「ついておいで」
ヨドウ氏がボクを誘った。夜鳴き鳥の飛んだ後の空間に、細く上空へと伸びた階段。ボクらは登った。もう一つの世界にあった地下から脱出した時のように。




