二十章■色を与える者
閉じた瞼から急速に光りが失われていく。ボクが再び目を開いた時、そこはあの闇の中だった。
「シュナ……」
ボクは無性に小さな友人に会いたくなった。呼んでも聞こえるはずもないけど、ボクは呼ばずにはいられなかった。
「シュナ――――!!」
目を閉じたまま叫ぶ。喉を枯らして叫ぶ。
本当は後悔していたんだ。祖父に「夢を追いかけるよ」と言えなかったことを。
涙で瞼が熱い。零れ落ちる雫が顔を濡らしていく。
なぜだろう……誰にも言えなかった後悔の心。シュナになら、ヨドウさんになら言える気がした。会ったばかりだと言うのに。
今、置かれている現状を忘れてしまうくらい、夢中でふたりの名を叫んでいた。頭のなかで繰り返えされる記憶、この世界に来た時からの出来事すべて。
瞼が柔らかな光りを透過した。
シュナの放つあの暖かな光を――。
ゆっくりと目を開けた。
立っているのか、落ちているのか――それさえも分からなかった自分の存在。両の足がしっかりと地面を掴み、力強く立っていることに、ボクはようやく気が付いた。
淡い光が灯る。シュナの放つ光……痛くて凝視することができなかった。光の中にあるはずの小さな体。なかなか見えて来ない。ボクはもう一度目を閉じた。
「チチッ」
鳴き声とともに、足先に感じるわずかな重み。そして、服を通してさえ伝わる暖かな体温。肩にちょこんと座ったシュナをそっと手の平に乗せた。
「シュナ……」
見えた。白と茶の淡いコントラスト。体全体から光を放っている以外に何も変わらない小さな友人。ボクは手の平でそっと抱きしめた。
「君が忘れていたものが、分かったかい?」
「ヨドウさん!!」
振り向くと、胡麻塩頭とサンダル。あの柔和な笑顔を浮かべている氏の姿だった。
ほんの短い時間だったのかもしれない。夢を見ていたのかもしれない。現実だったのかもしれない。様々な可能性の音。ボクは自分が涙をまだ流していることに気づいた。帽子を脱ぐ。落下してもなお、頭に乗っていたのかと思うと可笑しくもあった。
再び出会えたことへの安堵と、忘れていたモノへの謝罪。すべての要素を含み、胸の中へと帰ってくる。
「分かったと思いたいです」
「そう……か」
より一層柔らかい表情になって、氏が頷いた。
シュナがそっとボクのポケットに入ってくる。今まで住んでいた町。時間軸。そして、この世界で出会い、共に進んできた友人。どちらが本物だというのだろうか。
ずっと胸の中に仕舞っていた疑問。ボクは零れ落ちる涙と一緒に、ようやく言葉にした。
「ヨドウさん……あなたは何者、なんですか…」
ボクの声に、氏はゆっくりと天井を見上げた。吸い込まれそうなほど真っ暗な闇。氏の唇が動いた。
「私はヨドウ――夜を導き、道を与える者」
柔和な表情は変わらず、シュナの放つ光に揺れている。ボクは知っていたんだろうか……。
彼がどんな人物であるか。
「私は君を連れて行かねばならない」
「……どこへ…?」
夜を導くヨドウ。道を与えるヨドウ。彼の名は彼自身の名前ではなく、役目としての名前だったというのだろうか。ヨドウ――の名が示す本当の意味を知りたいと思った。
「まぁ、そんなに緊張しなさんな」
口の端でニヤリと笑うと、勢いよくボクの背中を叩く。
「ヨ、ヨドウさん!」
「私は、私。ずっと一緒にいた、ただの中年に過ぎんよ」
顎で方向を指し示すと、氏はゆっくりと歩き始めた。暗闇の更に奥へと。