十七章■届かぬ鮮紅
わずかに見えてきた視界の中に浮かんだ氏の腕が、ボクを指差している。
「え!! ボ、ボクですか!?」
「いや、胸ポケットだ! シュナくんだよ!!」
光の塊がうごめいて、ボクのポケットからするりと肩に乗った。
「シュ、シュナ!!」
昼白色に輝く光。その輪郭は確かにボクの小さな友人のもの。名前に呼応するかのように、シュナは高く鳴いた。
シュナが放つ光は、知ることの出来なかった空間の内部を照らし出した。
やはりどこか人工的な雰囲気を持つ滑らかな壁。均一に文様が掘り込んであるのが見えた。床は細かな筋が刻んであり、歩行の支障となるような石一つ落ちていない。
見えてきた景色に一瞬目を向けたが、ボクは視線をシュナに戻した。それを確認して、光る小さな体はゆっくりと地面へと降下を開始する。
絶句していた。
言葉が出て来ない。オレンジ色の切符から変化したシュナ。何が起こっても不思議ではないと、自分に言い聞かせようとするがうまくいかない。
ただの友人でありたいと思うからなのか――。
シュナがボクを導くように振り返った。
「行こう……」
ヨドウ氏の緊張した声。いつもなら生き物の心を読む彼にも、シュナの気持ちや行動は分からなかったのだろう。ボクはぎこちなく頷いて、前を見た。
暖かな光りを纏って、友人が走り始めていた。汽車の通路。まっすぐボクに向かって転がってきたヤマネ。あれからいくらも時間が経っていない。だけど君と出会ってから変化している。時間軸が、考え方が、想いが、そしてボク自身が。
瞳に残像を残し、壁の先にある入り口へとシュナは走っている。ボクは、後を追った――。
シュナが角を曲がる。壁面がぼんやりと色づく。
「どこまで行くんでしょうか?」
走りながら叫ぶ。氏が年齢を感じさせない足繰りで横に並んだ。
「さぁ…彼の行く場所は、君の行くべき場所なんじゃないかい?」
ボクの行くべき場所。常にどこかへ導いてきたシュナの存在。それは偶然のようで必然だった。ボクが一歩づつ答えに近づいているのが何よりの証拠だ。
追いつくとシュナがまたカーブを曲がる。勢いよく曲がり切る。飛び出したのはやはり想像した通りの場所だった。
「広間だ!!」
暖色を体に宿して、シュナが広間の中央に座っていた。ゆっくりと近づく。小さな体が一歩下がる。ボクはすぐ間近まで歩み寄った。
「あ! 穴!」
足を出しかけて瞬間的に止めた。差し出した足の先に地面はない。
「大丈夫かい?」
ヨドウ氏が背後から心配声を発した。ボクはシュナはどこに座っているのだろうと思った。
ぼんやりとした光。よく観察する。丸く広がった光は球体をしていた。
まさか!! 浮いてる!?
一驚を喫したボクに言葉が投げかけられた。
「君には知らなければならないことが残っているよ」
「え!? ヨドウさん……?」
振り向いたボクの肩を、大きな手の平が押した。放り出されたのは空虚な暗闇。遠ざかっていく見慣れた顔。シュナの放つ光。
そして世界は暗転した。
ここはどこだ?
自分が落下しているという感覚さえ失われていく。真の闇が胸の奥まで入りこんで、心さえも黒く染め上げていく。
当の昔に光りは見えなくなっていた。風がボクの廻りを通り過ぎていく。空気の厚み。消し飛んでいく存在感。永遠に続く何も見ることができない世界。
ボクはぼんやりとしてくる脳をそのままに、目を閉じた。瞼の重さしか違わないけれど。
突然、恐いと思った。
何が恐いのか――。
落下して、その先にある地面なのか?
そうじゃない…そうじゃない気がする。




