十六章■満ちる白光
母家の横を通り裏へと廻り、ボクは足を繰り出した。汗が落ちる。真夏の太陽が容赦なく肌を射した。 シュナが揺れて落ちないように、ポケットを軽く押さえながら走っているので、バランスが悪いことこの上ない。サンダル履きの氏の方が、わずかにボクの先を走っている。
あるのだろうか――?
本当にあるのだろうか?
そう考えては、頭の中で鐘がなる。自分の考えは正しいと。
あるはずなのだ。
もしかしたら、今から出会うはずの地下空間は答えへとつながっているかもしれない。いや、必ずこの世界の不思議と謎に連結されているに違いないのだ。疑問は確信へと変わっていく。
ボクは汗を拭い息を静めて重い扉を開いた。開けた瞬間、冷たい風がボクの頬を打つ。確信した通りだ。この風はもちろん、この倉の床下にある地下空間から流れ出しているものであるはずだ。
ヨドウ氏を振りかえる。わずかに緊張した顔を縦に動かしてボクを促した。
「さぁ、運命の扉は開いた」
やや芝居がかった台詞を口にして、氏が背中を押す。
「はい!」
強く頷き返し、ボクは目の前に広がる暗い室内を見つめた。
明るい外界と切り離された空間。射し込んだ光に、舞い立った埃が川の流れのように、うごめきながら輝いている。まだ中の様子は見えてはこない。目を慣らすためにも、ゆっくりと歩を進める。そして目を閉じた。
一秒、ニ秒――。
六十まで数えて、ボクは瞼を開けた。そこにあったのは、もう一つの倉と同じ像の輪郭だった。
すっかり乾いた喉を音を鳴らして唾が落ちて行く。ボクは一歩を踏み出した。謎への一歩、ここへ来た意味への一歩。
「風、冷たいですね」
氏がうなづくのを背中で感じる。そして彼の足も前へと進み始めた。地下への入り口はこの彫像の下にあるのだ。二人の足が彫像を挟んだ形で止まった。
改めて周囲を見渡す。ガラクタが所狭しと並べてあったもう一つの倉と違い、内部には何もない。塞がれた格子からわずかに光りがもれている。それ以外ではっきりと相違するものは、床面だった。
「ずいぶんと綺麗だな……」
「手入れの行き届いた倉じゃないか」
凹凸の激しい土間だった倉と、コンクリートか一枚岩のような目の前の倉。その床面には薄く埃が溜まっているだけで、まるで掃除されたかのように綺麗だった。
「とにかく、これも後から意味が分かるのかもしれん」
「……そう、ですね。じゃあ行きましょう」
ボクは床面が気なったが、もっと重大であろう謎に向かうことにした。息を合わせる。像は相当重いはずだ。
どれくらい押しただろうか?
幾度か噴き出す汗を拭った後に、大きな音を立てて像が倒れた。像のあった場所には、真っ黒な穴が開いていた。
そこは謎への入り口。
ボクらを誘う意世界への扉。
シュナの暖かさをそっと手の平で確かめた。まずは足。そして腰、ボクは暗闇にもう半分まで入り込んでいる。予想通りまだ足はつかない。斜面になっているに違いない内部が目に浮かぶ。痛くありませんようにと祈りながら、自分の体重を支え切れなくなった両腕の力を抜いた。
「行って来い!」
後から聞いたのだが、この時ヨドウ氏が力強い言葉を掛けてくれたらしい。でもボクにはその声は届かなかった。初めて滑り降りた時と同じく、一気に最高スピードまで加速していく。音が空気をのん気に伝わっている間に、ボクの体は下へ下へと滑り――いや、落下していたのだから。
「イテテテ……」
二度目とは言え、こんな急な滑り台など慣れるはずもない。シュナを庇うために受身は取れなかった。あちこち打ちつけて痛い事この上ない。柔術を習っておくべきだったと真剣に考えたほどだ。
暗闇に慣れるまで目を閉じる。と、後ろで氏の到着を知らせる呻き声が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
ボクは瞼を閉じたまま訊ねた。服を払う音がして、
「まだ、もうろくする歳じゃないつもりだがね」
笑い声がボクの肩を叩いた。それに誘われるように目を開いた。
あれ?
目を開いたのに全く前が見えない。氏が傍にいることは分かるが輪郭が見えて来ない。
どうして――そうか、明かりがないんだ!!
ボクは驚いた。もう一つの地下空間は光る像の存在に寄って、ほんのりと明るく周囲を見渡すことができた。だから、きっとこちらの空間も明かりはあるだろうと考えていたのだ。
「いやー、真の闇ってのは恐いもんだね」
氏が相変わらずの声で笑った。
「松明か何か持ってくれば良かった」
ボクは唸った。氏が口の端から笑いをこぼし、また肩を叩いた。
「火を持ったまま、あの斜面を滑り降りられると思うかい?」
「あ……」
そう言われればそうだ。しかし、この現状をどうにかしなければ、先に進むこともままならない。
「ライターを持ってます?」
ボクは煙草を吸わない。必然的に火種になりそうなものは持ち合わせていないのだ。期待をこめて訊いた。
「いや」
「そう……ですか」
「こう真っ暗だと危険だな」
氏も危機的状況であることは分かっているらしい。このままでは、地上に戻ることも先に進むことも出来ない。瞬間的に恐ろしい結末を想像してしまった。あれだけの斜面を登ることは不可能だろう。もっと用心してロープをくくって降りるべきだった。ボクは自分の不甲斐なさを呪った。
突然、眩しい光が放たれた。
いきなり出現した光源にボクらは目が眩んだ。強い光りは夏の陽射しのようだ。
「いったい、どこから」




