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十五章■灰緑の蔦

「『夜守り烏の子守り歌』とあるくらいですから、カラスが関わっているのでしょうね」

 ボクは詩を見上げながら、答えを待った。呼ぼかと書いてある以上、このカラスに会わなければならないように思った。

「無論だよ。カラスが鍵を握っているのさ」

 彼は断言した。

 でもその意見はボクのものと同じだ。この巨大な彫像もよく観察すると、カラスの特徴を数多く持っているようだったし、黒い羽は夜を連想させるものだ。

 夏の陽射しが濃い影を創り出しているその下で、ボクは彫像を見上げた。

 張り出した大きなクチバシ。少し前かがみな肢体。見れば見るほどカラスそのものだった。

「さて、問題は続きだよ」

「ええ」

 ヨドウ氏は指差した。

「これだ」


『鳥無し 執り成し 夜もなし

 泣きて 鳴かずば 夜もなし』


 今までのボクら行動を示した部分よりもこの詩は上にある。下に続く詩に、これを解決するための行動を書いてあるとするならば、当然この詩は原因と回答を表すもののはずだ。汗が伝う。

 一番の謎に近づいた気がした。

 シュナに出会い、ボクはこの地に降り立った。その時から、常にボクの周囲に存在し、進む道と意味を問いかけつづけた謎。心の奥底まで、浸透していく不思議な感覚にボクは唾を飲み込んだ。 草を渡る風も、シュナのかじる木の実の音も、早鐘を打つ心臓の響きに遠くなっていく。

 ――その時だった。

 耳をつんざく高い鳴き声が聞こえた。それは、音というよりも鼓膜を揺さぶる空気の塊のようだった。

「ヨドウさん!」

「ああすごい声だ。どこから聞こえるんだ!?」

 止むことのない声。

 耳を塞ぎ、ボクらは周囲を見まわした。が、いかんせん音が大きすぎる。周囲に乱反射して、発生地点を特定することができない。

 木の実を食んでいたシュナが慌ててボクに駆け寄った。そっと拾い上げてポケットに入れる。その上から手で覆ってやった。これで少しは音が伝わりにくくなるだろう。

 小動物と言えど、人間よりも数倍耳は良いはずだ。ボクでも辛いこの声は、シュナにとってひどく苦痛を与えるものだから。

「これじゃ、らちが飽きませんよ」

「とにかく離れよう」

 ヨドウ氏がサンダルを引っ掛けた足を掻い繰って、像の側から離れた。ボクもそれに続く。

 と、炎天下の中にいたせいか一瞬目の前に暗闇が訪れた。

「あれ…」

 思わず、像に手をついた。その瞬間!

 ボクは感電したみたいな痺れを感じ、慌てて像から手を離した。

「まさか!」

 そう、声は正に像の中から聞こえていたのだ――。


 氏が駆け寄ってきた。その視線を確認しながら、ボクは手をもう一度像に当てた。やはり声と同じタイミングで振動している。ただ反響してるという感じではない。

「中は空洞なのか?」

 胡麻塩頭をくっつけて、氏はコンコンと拳で像を叩いた。ボクも数カ所叩いてみたが、どこも同じ音のように思える。

「像の中からというはわかりましたけど、声はどこから出てるんでしょうか?」

 ヨドウ氏は腕組をして夏の陽射しの中に立つ彫像を見上げた。そして唸る。

「うーむ、おそらくあのクチバシからなんじゃないのかい」

「鳥だから……ですか?」

 大きな幅広のクチバシ。ボクは像をできるだけ遠くから眺めた。だが、あまりにも像が大きいので、少し離れたくらいではクチバシ部分に穴が開いているかどうか判断することはできなかった。

「おおーい!」

 像の下から、氏がボクを呼んだ。

「何か発見したんですか!」

 ボクは急いでかけつける。声は氏が叫んだのと同時くらいに聞こえなくなっていた。

「やっと耳鳴りが収まるな」

「そうですね……って、そうじゃなくて、何かあったんですか!?」

 ヨドウ氏は頭をポリポリと掻いて「すまん、すまん」と片手を上げた。

「思いついたことがあるんだよ」

「えっ! なんですか!!」

 ボクは思わず、身を乗り出した。静かになったので安心したのか、胸のポケットの中でシュナが外を覗こうと動き出している。そっと手の平に小さな友達を乗せ、ボクは氏の次の言葉を待った。

「ウホン!」

 珍しく神妙な顔で咳払いをし、細い目でボクを見つめた。

「ここは最初の街と対になっているんだろ」

「ええ」

「ということは――だ」

 もう答えは出ているぞとでも言いたげに、ニヤリと笑う。

 

 対になっている――。

 そうだ、ここには楡の大木の代わりに大きな像があった。向こうにあるものは、こちらにだってあるはずなんだ。そう……微妙にちがってはいても指し示すイメージは同じはずなんだ。

「あ!!」

 ボクは目を輝かせた。シュナが驚いて手の平から飛び降りた。

「どうして忘れていたんだろう。あの地下空間だってあるかもしれないんだった!!」

 氏が満足げに大きく首を振った。

 ボクらは走った。あの蔦の絡まった倉へと――。

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