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十四章■濡羽色の誘い

「奥に進みましょう」

「いいのかい?」

「もちろんですよ」

 ボクは苦笑した。思案している間、ヨドウ氏はずっと目を閉じて考え事をしてるようだった。ボクの発言と共に立ちあがり、ニヤニヤとあの独特な表情を見せた。

 さぁ、出発だ。

 祖父がここへ招いてくれたのかもしれない。ボクに今出来ること――それは前に進むことなのだから。

 廊下を奥まで進むと、小さな木戸があった。おそらくはこの薄い板の向こうに、今まで行ったことのない世界があるんだ。心を落ちつかせる。息を一つ吐いて、すぐ後ろを来ているヨドウ氏の顔を見た。

 なぜだろう…とても安心する。

 ポケットの中でシュナがせわしなく動き回っている。また、冒険する機会を狙っているのかもしれない。緊張していた頬が緩む。

 

 ボクは木戸を開けた。

 変わらず暑い陽射しが目に飛び込んでくる。周囲を確認すると確かに同じ庭のように見えた。が、どこか違う――。

 どこが?

 廊下を走り出る。台所を通り、菜園へと向かう。 

「こ、これは!」

 ボクの目に飛び込んできたのは、大きな鳥の石像だった。

「こりゃまた、大きいなぁ……」

 氏が太陽の光りで見えない頂上を仰ぎ見ている。

 石像がつくった陰が落ちて、菜園や母家を鮮烈な色の世界から切り離している。ボクが違和感に襲われたのは、裏庭や室内が反対側の世界と比べ暗かったからなのだろう。

 カサカサという音に気付くと、シュナがやはり脱走しようとしている。地面に降りると、石像に向かって一目散に駆け出した。

「あ、シュナ!」

 ボクがここに初めてきた時と同じだ。まるでデジャブみたいに――。

 そうだ。ここでシュナと一緒にヨドウさんに会ったんだ。また、大きな変革が訪れようといている予感がした。

 追いかける。追いかける。

 陽射しが遮られた影の部分を走っていた。シュナは小さな体を震わせながら、まっすぐ像に向かっている。ボクは切れかかる息を誤魔化しつつ、同じく像へと向かった。

「わっ!」

 ピタリとシュナが止まった。途端、右へと方向転換すると像の後ろへと回り込んでいく。あわててついていくと、シュナは像の真後ろで走るのを止めた。追いついて像に手をつく。乾いた喉が水を欲している。ボクは手の平の違和感に気づいた。


 ――ん…凹凸?


 突いていた手をどけると、そこには大きな字で文字が記されていて、一つの文章になっていた。目で追って行く内、ボクは気がついた。

「こ、これは……わらべ歌だ!」

 よく読まなければ分からなかった――なぜなら、像に掘られたそれは漢字だったのだから。


 『 呼ぼか 呼ぼか 

   呼ぼか 呼ぼか

   夜守り烏の子守り歌


   鳥無し 執り成し 夜もなし

   泣きて 鳴かずば 夜もなし


   目で見よ 芽を見よ 心見よ

   地深く  天高く  夢を見よ


   呼ぼか 呼ぼか 

   呼ぼか 呼ぼか

   夜守り烏の子守り歌      』



 ボクはもう一度、メモ帳にわらべ歌を記した。シュナはカリカリと、シロツメ草の生い茂った地面を掘っている。

「漢字――というものに意味があるんでしょうか?」

「そりゃあるだろうね……ここに来てからずっと、鳥に関係しているし」

 ボクらは遥か上空にある像の先端を見上げた。


 やはり、カラス――なのだろうか?

 そして、わらべ歌にはどんな意味が隠されているんだろうか?


 いや、隠されてなどいないのかもしれない。さぁ早く見つけておくれ、とでも言いたげに、目の前に差し出されたヒントなのかもしれない。この世界はずっと答えを探す者を待っていたのかもれしない。ボクはもう一度、白くツルツルとした像の背面に彫られた文字を、一文字一文字確認していった。そして、あることに気がついた。

「ヨドウさん!」

 ボクは叫んだ。彼が振り向くのも確認せずに、続けて叫んだ。

「これ、ボクらの行動じゃないですか!?」

 像の作り出す影の中で、シャツの裾を揺らして冷を取っていた胡麻塩頭が顔を上げた。サンダルの音を響かせて、彼がボクの背後に立つにはさほどの時間はかからない。

「ふーむ」

 いつもの腕組をして、頭を捻りながら思考に入っている。ボクは改めて、漢字で書かれた詩を読んだ。

「確かに、ここのところは同じように感じるな」

「そうでしょう、特にここ!」

 指差したのは詩の中ほど。

『天高く地深く 夢を見よ』の部分――それから、『芽を見よ』という部分。

 ボクらは地中深く彷徨い、天高く登りつめた。

 そして、植えられた芽を見ることで、この世界の織り成す不思議について知ることとなったのだから――。

「じゃあ、その他の詩の中にヒントが隠されてるってこと――か」

 ヨドウ氏がポツリと言った。


 風が再び吹いた気がした。

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