ORDER_6.[粉骨砕身(セーブディストラクト)]
[Fab-11.Sat/14:00]
「――とと、と言う訳で、ぞぞぞゾンビはか仮死状態に陥った人間、グールは吸血鬼の従者にか、噛まれて異形となった『異端』でして、どど、どちらも『死』という概念によるそ存在ではないのですよ。すす、スケルトンは死霊繰者というより、人形使い(マリオネッター)のあ、魔術ですし」
斯くして、ルネィスの魔術講座はかれこれ三〇分は続いていた。流石にカナタは『いつも通り』うんざりしてきた訳だが、内向的な性格のルネィスがここまで熱を帯びて語っているのを邪魔したくないという親切心から、テキトーに相槌しながら聞いていた。
「か、カナタの死霊繰者イメージで一番近いのは、ふフランケンシュタインです。しし、『死』によって機能停止した人間をそせっ、蘇生させ、めめめ定期診断さえしっかりしていればえ、永遠に生きる事が出来る、というのはややはり死霊繰者の理想です。ま、まぁ、邪法に変わりぁありませんし、十字教では魂の還元……り、輪廻転生はご御法度ですが。……あの、私の日本語、合ってます?」
神が行う最終審判に支障が出るからだとルネィスは語るが、どうも閉店間際と言われてもカナタにはピンと来ない。
「ね、死霊繰術の研究は、魔術書や魔導書、どど、童話や寓話なども対象になります。例えば……そ、そうですね。西洋圏で有名なのを挙げれば、ぴ、ピーターパンがそうですね」
「……Why?」
ぴぃたぁぱん?とカナタは首を傾げる。
「ぴ、ピーターパンは、隠符号を用いた立派なてて、魔導書です。そその用途は『対悪魔の迎撃法』。
げ、原作のストーリーは、ただの町人だった少年ぴぴ、ピーターが池に落ちて、気付けば悠久郷にたどり着き、げ、原住民や似た境遇の子供達とととと共に海賊を撃滅させていく、という話です」
ルネィスの語らいに、カナタは少なからずホッとした。やや絵本のストーリーとの食い違いがあるものの、『本当は怖い童話』みたいな話ではなさそうだ。
「ここ、ここで言うピーターと言う名は、英国語です。しししかし、イタリア語の読みではぴぴ、ピエトロ、フランス語ではピエール、ドイツ語でペーター、ロシア語ではピョートル。ででは、へ、ヘブライ語読みは分かりますか?」
が、いきなりちょっときな臭くなってきた気がする。これ以上聞けば、絵本を読んでいた頃の純真な心を失って仕舞いそうだ、とカナタは思いながらも首を横に振った。
「ぴ、ピーターのヘブライ語読みは、ペテロ。にに、日本語発音表記にな直すと、ぺペ、ペトロまたはペトロスと呼ぶそうですが。か神の子の、一二人の弟子のリリ、リーダーと言われていますね。ローマ十字教……ば、ヴァチカン中枢部に存在する『聖ピエトロ聖堂』という名からわわ、分かる様に、建国の礎ともなった偉大な方です」
やっぱりそんな話かよー!と髪をかきむしりながら発狂寸前で叫ぶカナタをよそに、ルネィスはお構いなしに続ける。
「で、ですね……ねね、悠久郷に集う子供達……つつまり『純粋な存在』というのは即ち天使、し、侵略する海賊(大人という『不純な存在』の解釈)はるるルシファ率いる堕天使群を意味します。ふ、フック船長がルシファとした場合、そ、その右腕である海賊ジミーはさしずめベリアル(二番目に創造された天使)といったところでしょう。ししし、侵略されし悠久郷はろ失楽園……アダムとイヴの住まう聖楽園を指します」
「うん。分かった分かった。ストップストップ」
「せせせ、生命や時間といった概念のぃ一切が存在しない『世界』、聖楽園。わわ私達、死霊繰者のぃい行き着く先はお、恐らく、新たな『境界』を生み出し、すべ、全ての者も物も問わず、『死』という概念を取り除く事になななります。そそ、それがいつになるのかは分かりませんが、ぇえ得てして研究者……魔術師や魔導師とは、そそ、そういうものです」
「分かったストップっつってんだろうがテメェ!ってか魔術知識植え付けんのは別に構わないけど、そういう身近な話をするのはやめてー!ちょっ、ピーターパンのイメージが変わっちゃうー!」
「あ、ちち、ちなみに、本当は怖い童話のねねネタもありますよ?ぴ、ピーターパン……聖ピーターは不老不死ですが、ほ、他の子供達は成長します。つつつつまり、純粋な存在(=天使)から不純な存在(=悪魔)になるという事ですが、ででは大人になった子供達は、どどどうなるのか?
答えは、聖ペテロがなな、ナイフで刺し殺してワニにた食べさせる、ですよ。こ、これは恐らく、聖ピーターが魔術師シモン・マグスを弾圧し、ささ最終的には神への祈りだけでシモンを殺し、みみ、右胸にナイフを突き立てたという話にき、起因しているとぉお、思われます」
「やーめーてー!僕にそんなピーターパンのダーク知識を植え付けないでー!」
必死に耳を押さえて聞こうとしないカナタと、語る事が楽しいのかキラキラと目を輝かせて聞かせようとするルネィスの、何だか新たな食物連鎖が出来上がったと言っても過言ではない程に奇妙な光景だった。というか、精巧な人形の様に端麗な金髪少女にいいように振り回される高校生という図もどうかと思う。
と、相変わらず傍目に愉快な光景が続く中、
――変化は急激に起こった。
不意に風がやや強く吹き荒れると同時、まるで微かな音を聞きつけた猫の様な動作でルネィスが顔を上げた。カチカチカチと、硬質的な不気味な音が、辺りから流れてくる。
「……えっ、な、何?何が起こってんのコレ?」
「静かに!」
ルネィスの一喝。カナタは口を噤みながら、ふと視線を魔方陣に逸らしてみた。
カチカチカチカチカチカチカチカチと不気味な音を発しながら、二つの魔方陣が接している箇所……折り重なった部分に、黒い何かが出現していた。
「って、あれ、これってさっきの……」
そう。そこには、先程ルネィスが使って灰の様に散っていった、黒い紙と同じ材質の物が出現していた。ただし、既に紙とは機能しないだろう、黒い塵の塊だった。
精密な街の地図の様に、精巧な芸術品の様に、黒い塵は固まっていた。
「ってこれ、この街の地図じゃないか?」
「ヒットした!か、カナタ!そそ、その地図に、黒い点が浮かび上がってると思います!そ、その位置をぉお、教えて下さい!」
「は?お前、何言って――」
「い、いいから早く!そ、それが追跡不可なんです!」
切羽詰まったルネィスの声に、カナタは急いで、魔方陣の上に浮かび上がった街の地図を睨み付けた。正確で精密な地図だが、確かに黒い点は存在していた。
……ただし、三つ。片や一つだけがポツンと一カ所に留まっていて、片や二つの黒い点がゆっくりと移動していた。
「ちょっ、何か三つあるんですが!?」
「ふふ、二つの点はチドリさんとシズカです!ふ、二人を一つの点まで道案内して下さい!」
道案内ってそういう意味かよ!とカナタは心中で叫びながら、地元民のプライドにかけて、最適なルートを即座に考え始めた。
[Fab-11.Sat/14:10]
世界は、めくるめく移り変わる。
「次の角を左に、そのまま直線を四つ通って右折!」
「了解!」
手帳を見つめながら、チドリとシズカは走る。サラサラととんでもない速度で手帳の左側に、ルネィスからのメッセージが浮かび上がるのをシズカが読み上げながら、二人は走る。
「いやぁ、カナタくん居てくれて助かったわぁ。ちゃんと交通量の少ないトコをピンポイントで教えてくれるわねぇ」
「……そうですね。私では大通りしか知らないので、致命的なタイムロスになるでしょうし」
「にゃは……そんなあたし達に、ちょっと悪い知らせ。追跡がバレたのかどうかは知んないけど、追跡不可が高速で動き出したみたい」
「チッ!シズカ、私は先に行きます!ケータイで連絡を取り合いましょう!」
「ってか、それならチドリちゃんがカナタくんとケータイで連絡取った方が早くない?」
「……ないんです」
「にゃ?」
「教えてもらってないんですよ私は!時津さんの電話番号!それが何か悪いってんですかェエ!?」
「うっわ。チドリちゃん、何かそれイタい。口調もなんかキレてるし」
「うるせぇです!私はさっさと行きますよ!」
「はいはいリョーカイ」
シズカが呆れ気味に返事をすると同時、チドリの姿がヒュンと消えた。高速移動の高等体術『瞬歩』での移動を開始したらしい。次の瞬間、ケータイの着信が入った。
『……ぎは、ど……けば……ですか?』
チドリの声はかなりくぐもっていて、ついでに言葉も飛び飛びだった。何を言ってるのかは分かるが、シズカは言いたい事がある。
「いや、早すぎて電波追い付いてないって。何言ってるか全然分かんない」
『……立ち止まりました。で、どう行けばいいんですか?』
やや不満げに、チドリはため息混じりに呟いた。目にも留まらぬ高速移動を行っているのに、息一つ乱していない。
シズカは肩に担いだ黒いリュックを掛け直しながら、手帳を見下ろした。
「とりあえず、やっぱり貴女の方が移動速度はダントツに速いみたいだから、定期的に立ち止まってあたしの指示に従って。……にゃはっ、私もなるべく速くそっちに向かうから。にゃはは、この調子なら、仕事も早めに片付きそうね」
[Fab-11.Sat/14:15]
(フ、ふフ!どこの誰だか知らないけド、なかなか優秀な追っかけ(ストーカー)さんもいたもんネ!)
追跡不可は走りながら、口角を歪ませて嗤う。その笑顔は緊迫した現状では異質で、自分の存在を見破られた事すらもゲームの一環だと言わんばかりに楽しんでいる様に見える。
ルネィスの索敵魔術により追跡不可の位置が特定出来ると言う事は、逆に言えば魔力の波動を関知して逆算出来る――つまり敏感な者ならば、見つかった事に気付けると言う事だ。例えて言うならば、それは電話の様に。索敵魔術により常に繋がっているという事は、逆に言えばどちらの存在も認識出来るという事だ。
(でモ、残念だけド、私は逃げる事が仕事なノ。誰にも捕まらズ、誰にも捉えられズ、誰にも追い付かれなイ。でなけれバ、それは追跡不可とは言えないでショ)
クカカ、と喉を震わせ、鳴らし、嗤う。ひたすら不気味に異質に、嗤い続ける。
キラリと、いくつも身に着けているシルバーアクセサリーの一つのペンダントが、コートの襟元から飛び出して太陽の光を反射した。
それはコインだ。ただし貨幣ではなく、紋様が刻まれた記念コインの様な、やや古ぼけたコイン。表面には、一頭の白馬に跨った二人の槍装騎士が描かれている。テンプル騎士団の紋様。幼い頃から、彼女が愛用しているペンダント。
(……別ニ、私だって好きで逃げ出した訳じゃないんだけド、ね)
今でも騎士の一人としての誇りは胸に秘めている。主への祈りを欠かした事は一度だってないし、ポケットサイズの聖書を常に持ち歩き、暇さえあれば読んでいる。
だが、誇り(プライド)と仕事はまるで別物だ。いつだって、どんな状況であろうと彼女はその辺りを割り切っている。運び屋に私情を挟んだ事は一度だってない。
(それニ、今じゃ立派に運び屋としての誇りも持ってる訳だシ!荷物を持って届けるだけでモ、そんな簡単でつまらない作業が生き甲斐な訳だシ!)
さらにそれに加え、一歩一手を間違えれば捕まって、下手すれば命に拘わるスリルだってある。麻薬の様なものだ。やめられない。
(くク、くかふフ!だからネ、私は捕まらないノ!捕まってやらないノ!誰モ!誰モ!誰モ!)
逃げるも戦略のうち。
逃げるが勝ち。
この国には、本当に素敵な言葉があるものだ、と追跡不可はほくそ笑む。誰にも捕まらず、誰にも捉えられず、誰にも追い付かせない追跡不可は、ニタリと嗤う。
だが――、
世界はめくるめく変わる。
ギィィィイ!と風斬り音が追跡不可の耳に聞こえたが、ギクリと肩を震わす事はなかった。
何故なら、
ザリッ、と目の前に、左目に眼帯を付けた幼い少女が現れたからだ。
「はッ……?」
走っていた足を止めて急ブレーキをかけながら、追跡不可は突如、何の脈絡もなく出現した少女に目を向ける。
が、
「初めまして今日和。そしてお休みなさい」
《ギョギュバ》と、とてつもない空気との擦過音を唸らせ、小柄な少女の細い身体から繰り出されるものだとは思えない程に凄まじい蹴りが繰り出された。それは寸分違わず追跡不可の首筋を狙っていて、ほんの少し掠るだけで肉を叩き潰しそうな程の破壊力、つまり衝突エネルギーを帯びている。
(ちょッ――マズッ――避けきレ、ナ――!!)
今まで走っていた運動エネルギーは、足を止めて急ブレーキをかけた程度では抑えきれず、慣性の法則に従って追跡不可は前かがみの体勢のまま、回避行動が取れないでいる。
眼帯をした少女・チドリの繰り出す激しい蹴りは、身長差三〇はあろう追跡不可だが前かがみになっている為に身長差はなくなり、全く手加減なしにその首筋に飛来し、
《ゴギンッ》という聞くに恐ろしい効果音を鈍く響かせ、追跡不可の身体はまるで暴風に煽られる紙屑の様に、横薙ぎに吹き飛ばされた。