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ORDER_1.[一期一会(ミーツトゥミーツ)]

[Fab-11.Sat/09:00]


寝癖の様にボサボサな髪の少年・時津(ときつ) 彼方(カナタ)は、冬の気温に凍えながら街を歩いていた。

「うぁっ、鼻水出てきた!」

そんな愉快な独り言を叫んで仕舞う程に、どこか精神が病んでいた。周囲の怪訝な視線が集まるのを感じつつ、カナタはポケットティッシュで鼻を拭い、それをゴミ箱に捨てる。

時津カナタは冬が嫌いだ。根が病弱であった元来、脂肪も筋肉も少な目な身体つきが定着しているのだ。太りたくても太れないという、女性にしてみれば怨念と殺意の対象になりそうな体質は、熱を発散しにくく、故にカナタは寒がりだった。

病弱『だった』というのは、あくまで過去形。現在は鍛えた僅かばかりな筋肉がある為に健康傾向、人並み程度にしか体調を崩さない。

そんなカナタは、実は一般人ではない。普通の高校生、というのは仮の姿、真の姿は対テロ組織特殊部隊《聖骸槍(ジャベリン)》の一人である。ポジションは狙撃手(スナイパー)

まぁそれは置いておくとして、極度に寒がりなカナタが、朝っぱらから街に出かけた理由は、三日後に控える商業企画(イベント)・バレンタインデーに備え、手作りチョコの材料を買う為だ。料理や菓子作りが趣味という彼は、友人や同僚に配って味の感想を聞く事が一つの楽しみなのだ。昨年はチョコレートシフォンを作るぐらいに、毎年張り切っていたりする。

(……とは言っても、まともに味の分析をするのはアイツだけなんだがな)

アイツというのは、カナタが苦手意識している怪力少女の事だ。基本的に無害な奴なのだが、何故かカナタに対してのみ辛辣な毒舌を吐いてくるのだ。

閑話休題。目的地は、近所ではなく少し離れた場所にあるスーパーだ。調理用チョコレートや小麦粉その他諸々の材料が、近場のスーパーより若干安い事をチラシで知ったのだ。まるで主婦の様な野郎である。

と、いくつかピックアップした安売りのスーパーを、どこをどう回るのが効率がよいかを考えていると、

「うきゃわぁ!」

背後から訳の分からない悲鳴が聞こえてきた。同時に背中に強く押される程度の衝撃が走り、思わず前につんのめる。

「うお?」

何とか足を踏ん張らせてその場に踏みとどまったが、背中は重いままだ。誰かがくっつく様に寄りかかっているらしく、少し荒いだ吐息が聞こえてくる。

何事かと振り返ろうとすると、グイと強い力でダッフルコートが引っ張られた。

「ちょちょ、ちょっと待ってくだっ下さいぃ!」

幼い少女の声。何となく発音が日本人のそれと異なる感じだが、普通に流暢に聞き取れる。

何が何だかサッパリ分からないが、とりあえず動くなと言いたいらしい。本来ならそんな言葉を聞いてやる道理はないのだろうが、そこはカナタのお人好しスキルが発動した。気が済むまで待ってやる。

どのくらい直立不動のままいただろうか。やがてダッフルコートを引っ張る感触が消え、今度こそカナタは振り返る。

そこには、小さな少女がいた。

歳の頃は一二くらいだろう、身長はパッと見で一四〇弱……と思いきや、履いているブーツは底が高く、一〇センチはプラスされている。金の髪は前髪こそ光るおでこが見えるくらい短いが、全体的に長く程良くカールしている。ガラス玉を彷彿とさせる双眸は綺麗な蒼色をしており、とても深く澄んでいる。

薄らとピンクのワンピースの上にはクリーム色のカーディガン、更に上にクラシカルで大人しい感じの茶色いコートを着ていて、どこかの金持ちの令嬢と言われても違和感がないくらいだ。

どう贔屓目に見たって日本人ではない。まさしく『人形の様に可愛らしい』という表現が当てはまる。

「……で、何でまた深窓の御令嬢みたいな子が、僕の背後に体当たり(タックル)かましてんの?」

「ふぁ、ごごご、ごめんなさい申し訳ありません!ど、どうも人混みというのは苦手で、あぁあ足を引っかけて仕舞いましてこの度は多大なご迷惑を――あ、あの、わわ私の日本語(ジャパニーズ)、合ってます?」

「意味は伝わるけどカミまくりで聞き取りにくい」

「か、カミま……?」

「……言葉に詰まってるから聞き取りにくいって事」

日本語を流暢に話す外国人の少女だが、こういう俗語(ネイティヴ)は分からないらしい。言葉自体も詰まったり堅苦しかったりする辺り、覚えたてなのだろう。

「って待て待て。足を引っかけたって言ったけど、それってその時代錯誤の厚底ブーツが原因なんじゃねぇのかアンタ?」

「じじ、時代錯誤!?わわわ私は来たるべき『未知なる日本(ジャパニーズミステリー)』えぇ遠征のたたた為に、数年前のとは言え日本の雑誌をこ、購読していたと言うのに……!?」

「……そりゃお国柄って奴だと思うんだが。日本のブームは過ぎ去り易いし」

「そ、そんな……」

ガン、と頭をトンカチで殴られた様な表情をする少女。どうやらとてつもないショックを受けてる様だ。

『何か悪い事をしちゃったかも』と思う前に、『何かこの子に関わったらヤバい事に巻き込まれそう』と直感したカナタは、それじゃ、と一言残して去ろうとした。

が、去ろうとしたカナタの腕が、掴まれた。掴まえたのは言うまでもなく少女だが、その手からは『この獲物を逃してたまるか』という自然界に生きる獣の様な意志がありありと伝わってきた。それ程までに、まさに万力の如くギリギリと締め付けられる。

「……何?」

「……ちち……『チヌーク』と言うき、喫茶店へ、あぁあぁあ、案内して、頂けませんか?」

カナタは少女の目を見てみた。それは、殺って取る者の目だ、とカナタは思う。ついでに『これは絶対に厄介事を運んでくる者』の目だとも思う。

ここは、全力で逃げた方がいい。カナタは心中でそう告げ、

「えっと、こっち。案内するからついて来なよ。口で言われても分からないでしょ」

何だかんだでカナタのお人好しスキルが発動し、転ばない様にと慎重な、少女の牛歩に合わせて今来た道を戻る事にした。苦手な冬の朝っぱらから出掛けたカナタの行為は、こうして予期せぬ事態により無駄となった。









[Fab-11.Sat/09:30]


しばらくカナタと肩を並べて無言で歩いていた少女だが、やがて耐えきれなくなった様に口を開いた。

「そ、そう言えば自己紹介がまだでしたね」

「ん、そうだな」

カナタもカナタで沈黙に飽きていたので、少女の方から語り掛けてきた事はありがたかった。とりあえず便乗してみる。

「ゎわ、私はルネィス・マクスレツィアとももも、申します。な、名前から分かる様に、いィ英国(イギリス)の生まれです」

分からねぇよ、とツッコみたい衝動を抑え(何か泣き出しそうだし)、カナタは他人行儀な愛想笑いを浮かべ、自己紹介する。

「僕は時津カナタ。カナタでいいよ。よろしく」

「で、では……私も、ルネィスでよろしいです、カナタ」

「分かった、ルネィスね。日本人には発音しにくい名前だな。ってか、いきなり呼びつけかい」

「な、何か不味かったでしょうか……?」

「いや、別にいいんだけどね」

この辺りが、日本人と欧州人の思考の違いなのだろう。カナタはルネィスのおぼつかない足取りに合わせながら、ふと思う。

「何か愛称とかないの?ルネィスって呼びにくいし」

「に、愛称(ニックネーム)……ですか。そうですね、故郷では『ルーナ』と呼ばれてはいました」

「そ、そう……へぇ……いや、ルネィスって呼ぶよやっぱり」

「?」

曖昧な返事と苦笑いを浮かべるカナタ。ルネィスは怪訝な表情を浮かべながらも黙って頷いた。

「ルネィスはどうして日本に?さっきは遠征がどうとか言ってたけど、親の転勤とか?」

「あ、それはその……た、短期留学です。も、元々、日本文化にはき、興味がありましたし……そそ、そういう機会(チャンス)が巡ってきたので、志願したら当選した……様な感じです」

「短期留学……って、最近の小学校ってそんな事やってんの?」

「じゅ、ジュニアではなくジュニアハイなのですが……」

「あ〜なるほど。中学生な訳ね。そりゃ失敬」

「湿気……?えと、そ、そもそも、日本(ジャパン)英国(イギリス)ではきょ、教育制度も違いますし……い、い、今の区別法は米国(アメリカ)の教育制度なんですけどね」

カナタはその辺りの区別がいまいち分からず、テキトーに相づちを打つだけにしておいた。興味がない話題だったり理解しづらい話題だった場合の対応策だ。この辺りが何とも日本人らしい。

とりあえずカナタは話題を逸らす事にした。

「って言うけどさ、ルネィスっていくつな訳よ?」

「いくつ……?」

「何歳?って意味」

「一五です」

…………。

カナタはルネィスの容姿を再度見てみた。身長は一〇センチはあろう厚底ブーツ込みで一四〇弱、顔付きは子供の様にふっくらとしていて、どう見ても小学生にしか見えない。中学生と聞いて、カナタが違和感なく納得したのは、知り合いに似た様な例が二人もいるからだ。

だが、『これ』で一五歳……ぶっちゃけ詐欺じゃねぇだろうかとカナタは思う。外国人の友人が二人(一人はハーフだが)いるカナタには、この少女が一五歳にはどうしても思えない。

「……な、何ですか?」

じっと見つめられている事に警戒したのか、ルネィスは平坦な胸を両手で隠した。考え事をしていただけで下心はなかったのだが、何となく反射的に目を背ける純情少年・カナタ。

そうこうしている内に、いつの間にか『チヌーク』に着いていた。気付けば一〇時、普通なら徒歩一〇分で辿り着く道のりを六倍の遅さで歩いたせいか、かなり疲労していた。カナタは苦笑いを浮かべてすかして誤魔化しながら、『チヌーク』のガラス張りのドアを開く。カランカランと、ドアベルが鳴った。









[Fab-11.Sat/10:00]


「よよ、ようやく辿り着きましたぁぁあああ!」

「いや、こんな事ぐらいで感涙に咽び泣かなくても……って何抱きついてきてんだアンタァ!コートが汚れんだろうが鼻水を拭くなぁ!」

「ま、待ち合わせが九時でしたから、どどどどうしようかとぉ……」

「って過ぎてる!?ルネィスさんもう一〇時ですよ!?おいおい、泣いてる場合じゃねぇってさっさと友達んとこ行け!そして僕のコートで鼻水拭くなっつってんだろ!」

喫茶店のドアの前にて、泣き喚きながら少年にしがみつく欧州系金髪少女と、力技でそれをふりほどこうとする純和風少年。端から見ればトンデモなく異様に異常に異彩な光景である。

何とか宥め梳かし騙し誤魔化し、ルネィスを引き剥がす事に成功したカナタは、ポケットティッシュでコートの袖に付着した鼻水を渾身の力で拭きまくる。ゴシゴシゴシゴシという音が、擬音としてリアルに響く。

「えっと……えぇっと……あ、あれぇ?」

素っ頓狂に間抜けな声に、ようやくあらかた拭き終えたカナタはルネィスに顔を向ける。が、店内を見回って色んな席を眺めていたルネィスはいなかった。何故なら、いつの間にやらカナタの胸にしがみついて来たからだ。普段履き慣れていない圧底ブーツのせいか、躓いて前のめりに倒れ込む様に、頭から。

非常にどうでもいい話なのだが、前頭部――つまり額――は人体の骨の中で最も硬い部位である為に、様々な格闘技に於いて頭突き(バッティング)として禁止されている。それ程まで危険な行為なのである。そして頭突き(バッティング)は、幼い少女のものも例外ではない。

「どどどどど、どうしましょうカナタぁぁあああ!ままま、待ち合わせしていた方々がいいい居ませんんん!」

「ごふうっ!」

ズドン、とけたたましくもマンガの様な効果音が胸元から轟き、ミシミシミシとどう前向きに考えても不吉すぎる効果音が響いた。

「ちょ、ちょっと待てマジかテメェ!どうしてお前は突進しか出来ねぇんだよっ!そしてコートを握るな皺になるだろ僕になんか恨みでもあんのかよお前はぁ!」

「どどどどどどうしましょうぅぅぅううう!」

「知るか!」

泣き叫び泣き喚き泣き崩れるルネィスは、必死にカナタのコートにしがみつく。

どうも羞恥心などの精神的抵抗をも上回る程に錯乱しているらしく、抱きついているという認識はないらしい。欧州ではフレンチスキンシップ程度の行為なのかも知れないがここは日本で僕は日本人でこんな幼女に公衆の面前で抱きつかれて冷たい目で見られてるんですがー!とカナタは心中で叫びながらどうにかルネィスを引き剥がそうとする。

(じょ、冗談っ!こんなトコ知り合いの誰かに見られたトキにゃどんな汚名(レッテル)が貼られるか分かったもんじゃねぇ!)

グギギ、と全力で立ち向かうが、人間はピンチの際に通常以上の力を発揮するという脳医学を確認しただけだった。全く以てピクリとも動かない。

「え、えぇい!抱きつくのは百歩譲って許容してやるからせめて泣くのをやめてくれマイカ!?ほら、何か食いたいもん奢ってやるから頼む、泣きやんでくれ!せめてどっかの席に座ってないと店員の視線が痛いんだよ!」

いい加減、オンナノコを殴るという良心の呵責(リミッター)を外すべきか否かと割と本気で考え始めたカナタだったが、ふと店の奥の方から声が聞こえてきた。

「全く……いきなりさ、触ってきたりして……セクハラで訴えますよ?知ってますか、女性同士でもセクハラは適用するんですよ?」

「にゃははー。いや〜ん、チ・ド・リ・ちゃんの怒った顔も可愛い〜♪」

ギクリ、と。肩を震わせるカナタ。

聞き馴染んだ声に、『チドリ』という名。振り返ったら引き返せないんじゃないかという焦燥感。しかも声はどんどん近付いている。

「大体、異性ならまだしも同性の身体を触って何が楽しいんですか貴女は?」

「おぉ、チドリちゃんってば爆弾発言!オトコの身体を触ってみたいんだぁ。にゃはん、お年頃って感じだわ〜、や〜いえちぃ〜」

「なっ、ち、違います!そういう意味じゃないですよ今のは!」

「にゃは〜?『そういう』意味っていうのはどういう意味かなぁ?ホレホレ、お姉さんに説明してみなさいな……にゃははっ、チドリちゃん顔真っ赤〜☆」

「……シズカ……虎、鳥、亀、龍。どれが好きですか?」

「にゃはにゃは〜ん?お姉さんは亀が好きかなぁ。亀の頭とか〜、なんつって……ストップストーップ!冗句、冗句だってば!あ、謝るから怒りに震える手で式神の呪符を取り出すのはやめてよ!」

聞き覚えのある声と聞き覚えのない声。それはカナタを絶望の淵に陥れるに充分だった。

「それにしても……当初の待ち合わせは九時だったのに、一時間以上も過ぎてますね。死霊繰術(ネクローディア)はどこで油売っているのでしょうか」

「さてねぇ。日本は初めてって言ってたし、もしかしたら迷ってるのかもね。とりあえず、追跡不可(トレースオフ)を探しながら死霊繰術(ネクローディア)もついでに見つけましょ」

「とりあえず出ましょう。事態は一刻を争います」

「にゃはは〜。ここは抱きついたお詫びにお姉さんが支払ってあげるよ〜」

「感謝します。……それにしても、入り口の方が騒がしいですね。こんなに空いているのに」

不味い、出るのか!とカナタが急いで振り返った時、パチリと、地毛なのだろう自然な茶髪を右のサイドで結った少女と目が合った。

「……(茶髪少女)」

「……(カナタ)」

「……(茶髪少女)」

「……(カナタ)」

「……(茶髪少女)」

「……(カナタ)」

「……ナニを、やっているのですか?(茶髪少女)」

「な、何をやってるって……(カナタ)」

カナタは茶髪少女から視線を逸らし、自身の胸部を見下ろした。

そこには、どう見ても小学生ぐらいの金髪少女が涙ながらに顔を埋めているというトンデモなく犯罪チックな光景が広がっている。しかも金髪少女の両手はしっかりカナタの背中に回され、がっしり固定(ホールド)している。更にカナタは不用意に胸などの犯罪部分を触らない様に、金髪少女の背中のコートを掴んで(引き剥がそうとして)いる。

だが、これまでの経緯を知らない人から見れば、それは堅く交わされた抱擁の様に見えるらしい(他人事)。

わんわん泣き喚く金髪少女、目の前でひきつった笑顔を浮かべる茶髪少女を見比べ、カナタはポツリと一言、

「……僕が聞きたい」

泣きたい心境なのは、カナタも同じだった。

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