迷い猫
―――空になった皿が、やけに胸を騒がせた
『彼女』が我が家から消えて既に三日が経つ。友人たちの協力も得て、ほうぼうを探し回ったが、手掛かり一つ見つからない。
『ちょっと遠くまで遊びに行ってるだけだって、大丈夫すぐに帰ってくるさ』
そんな友人たちの慰めも、どこか遠い世界の出来事のようで、僕はすっかり気力を失った状態だった。
半分眠っているような頭に思い浮かぶのは、『彼女』と過ごした日々の記憶。
―――部屋でごろごろしていた僕の後頭部にパンチをかましてくる『彼女』
―――昼食の用意をしている僕の後ろで、自分の分を催促する『彼女』
―――忙しくする僕の横で邪魔をしてくる『彼女』
―――僕がキッチンに隠しておいたおやつをつまみ食いする『彼女』
―――『二人』で同じ部屋にいるはずなのに、まるで僕を無視する『彼女』
……どうしてだろう
『彼女』は気まぐれで、ちっとも僕になつくことはなく、僕としても『彼女』はただの同居人。それだけだった。
……いや、それだけのつもりだった
―――どうして人は大切なモノを失ってからでしか、その価値に気付けないのだろうか
もし、一日早く『彼女』の価値に気がついていたならば、『彼女』がふらっと外に出ていこうとするのを、力づくでも止めただろうに
もし、一月早く気づけたならば、『彼女』ともっと様々な場所へ出掛けたろうに
もし、一年早く気づけたならば、『二人』の生活はもっと違っていたものになっていただろうに
……全てはもう後の祭り、後に残ったのは重過ぎる後悔の念と両腕いっぱいの未練を抱えた一人の男
もう何度目か分からない思考のループに陥った後、僕はゆっくりと立ち上がった。
どれだけ気分が落ち込んでいようと、僕の体は疲労を覚え、僕のお腹は空腹を訴える。
―――ハァ
その事実が、僕にとっての『彼女』の存在の軽さを示しているようで……僕の気持ちはさらに落ち込んでいく。
それでも、結局空腹に耐えられなくなった僕はゆっくりと立ち上がると、そのまま覚束ない足取りで台所に向かった。
シン、と静まり返る台所。少し前までは当たり前ではなかった光景に胸が締め付けられる
料理を作る気力は無かったので、カップめんにお湯をそそぎ、三分間待つ。そして、いざカップめんを食べようとした段階で
―――玄関から物音が聞こえたような気がした
勘違い、あるいは『彼女』がいなくなった事から来る幻聴かとも思えたが、僕の体は意識するより先に玄関へと向かっていた。そして玄関へとたどり着いた僕が見たものは……
―――細く開いたドア
―――ドアから差し込む一筋の日差し
―――そして、その日差しに照らされる『彼女』だった
……あぁ、なんだろう
どうしていきなり出て行ったのか?
今までどこに行っていたのか?
僕がどれだけ『彼女』のことを心配していたと思っているのか?
言いたいことは山ほどあるのに、言葉が出て来ない。いや、何はともあれ僕から『彼女』にかけるべき最初の言葉は決まっているのだ。僕は呼吸を整え、何とか笑顔を作りだすと『彼女』に僕の言葉が届くようにしっかりと言葉を紡いだ。
「おかえり」