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クローゼットの隅に

作者: 蒲公英

クローゼットの隅に、靴箱を見つけた。

いつ買ったものだろうと考えながら箱を開けると、オトナっぽい華奢なヒールのサンダルだった。

ああそうか、まだこのサンダルは地面を知らなかったんだ。


胸に大きなリボンがついた夏の木綿の白いドレスは、ずいぶん気恥ずかしくなっていた。

それを着ていると、自分がひどく小さな子供に見えるような気がして

母が選んでくれたそれを、家族で旅行に行った時にしか着ないでしまいこんだ。

そして反発するかのように肩紐の細いオトナのドレスを買い、華奢なヒールを買った。

ブティックで気負って選んだその装いは、家に帰ると急に自分よりも嵩高いものに見えた。

僅か十七の、幼さの残る顔や身体に似つかわしいものではなかったのだ。


あのドレスはどうしただろう?

クローゼットの中を探すと、ブティックの袋に入ったままのドレスがあった。

ずいぶん背伸びしたものだね、十年後の今になってもまだオトナっぽいと思う。

黒いドレスに黒いサンダル。

よし、明日はこれを来て出掛けよう。


「お、今日はシックだね。お姉さんテイストで」

「今日必要なものは、デニッシュと紙コップのコーヒーよ」

これだけで、理解してくれる彼が嬉しい。

「了解、ミス・ホリデイ・ゴライトリー。でも朝食にはちょっと遅い」


華奢なサンダルは歩くのには不向きで、肩を出したドレスで店の中は寒い。

十七の私は、オトナは背筋を伸ばして踵の高い靴を履くものだと思っていたのだけれど

それが痩せ我慢を伴うことだというのは知らなかった。

名刺に「旅行中」と書き込むことのリスクを知らなかったように。

憧れていた年齢にはなっているけれど、憧れていたオトナは想像とずいぶん違う。


「ミス・ホリー?これを買ったときに夢見てたオトナと、現実の君はどう違う?」

彼が私の顔を覗きこんで聞く。

「落ち着いてもいないし、冷静でもない。そして、何も知ってない」

「それが希望のオトナだったの?でも、僕はそんな人より今の君のほうが好きだけど」

ああ、そうね。私もきっと今の私のほうが楽しい。

そうでなければ、交換する指輪を並んで選んだりはしない。


肉刺だらけになった足に絆創膏を張り、華奢なヒールを手入れして、もう一度靴箱にしまう。

捨てないよ、十七の私。

もう一度「ティファニーで朝食を」を読み返してごらん。

ホリデイ・ゴライトリーは自由な女じゃなくて、孤独な女なんだから。

結婚式の情報誌なんかチェックしながら、黒いドレスにブラシをかけた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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