第9話 酩酊のエルフ
ある日の夜のこと。
冒険者ギルドで、レイはジュリアと向かい合って座っていた。
レイはジンジャエール、ジュリアは酒を飲んでいた。
二人の外見年齢は大差ないが、ジュリアは二百年ほど生きている。そして、エルフの国でも人間界と変わらず、二十歳を迎えることで飲酒が認められるという。
ジュリアが飲んでいる酒は、オリジナル飲料「ペッパーズ」である。
どうやら、三十種類のフルーツフレーバーが使用されているそうだ。ジュリアは好んで飲んでいるものの、一般的には好みが明確に分かれる代物とのこと。
「私と契約してるクライアントさあ」
ジュリアはペッパーズを一口飲み、大きくため息をついた。
「私の文章は、ほかに契約しているライターの中で一番クオリティが低いって言うんだよ。あのクライアント、ほめて伸ばすんじゃなくて、できないことを厳しく指摘するタイプのエルフだってことは知ってたけど、あんだけ言われると苦しくなるな」
「それはつらいね」
「言いたいことはわかるよ?私もその立場だったら指摘するかもしれないし。だとしても、指摘ばかりされるとこっちのやる気がなくなるな。それに、ライター志望者なんて腐るほどいると思うし。私みたいに、才能はないけど根気のあるエルフは大勢いるだろうしね。ははは」
「辞めさせられそうなの?」
「そんなことはないよ。だけど」
「だけど?」
レイの問いに対し、ジュリアはペッパーズを一口飲み頬杖をついた。
「前よりも仕事が嫌になってるのは確か。あのクライアントにとって、私なんて『使い捨てライター』も同然だし。レイ、あんたもやってみればわかる。ライターの立場は想像以上に低いんだよ。クライアントに従うしかないの」
ジュリアは乾いた笑い声をあげているが、レイにとっては笑えない話だった。
そんなときだった。唐突に、一人のエルフがちょこんとジュリアの横に座った。
薄汚れたオレンジ色のパーカーを着用した、頬を紅潮させている華奢な体躯のエルフだ。背丈はジュリアより一回り低い。
そのエルフは、酒のにおいを漂わせながら、へらへらと笑いつつ、テーブルに設置されたタッチパネルに腕を伸ばし酒を注文した。
レイとジュリアがそのエルフをじっと見ている中、ふらふらと体を揺らしながらだらしなく笑っている。
ここで、ジュリアが口を開いた。
「ねえ君。向こうに席空いてるでしょ?あっちに座ったら?」
「こらあ。ボク、二百年も生きてるんだぞお。口の利き方がなってないなあ」
パーカーのエルフは、ジュリアの方に体を向け抗議した。
しかし、ジュリアはいたって冷静に言葉を紡いだ。
「私も二百年生きてるし、ため口でいいでしょ。それと、あんた相当飲んでるでしょ?お酒のにおいがものすごいよ」
「えー?気のせいじゃない?今日はまだお酒一瓶しか飲んでないしい?」
それを聞くや否や、ジュリアは露骨に疲れた表情で立ち上がり、財布から銅貨(一枚百円程度の価値)を五枚取り出すと、テーブルの上に置いた。自身の酒代である。
「もういい。レイ、この酔っ払いエルフの世話頼んだ。私は付き合ってられない。話の続きは後日レイの家でしようか」
そう言うと、ジュリアは自身の肩を回しながらギルドを後にした。
やがて、パーカーのエルフと二人きりになった。
レイは、ジンジャーエール代を電子マネー払おうと、スマートフォンを取り出し席を立った。
「ちょっと待ってえ。ここで会ったのも何かの縁だし、この機会に語り合おうよお。というか一人にしないでって!せっかくなんだしボクの話聞いてよ!」
レイの足にすがりつき、歩行を阻害するパーカーのエルフ。
見ず知らずのエルフと何を語り合えばいいのか。
ジュリアとは違い、あざとい性格の持ち主のようだ。
ふと、レイが周囲を見回す。
ギルドで飲食をしているエルフや、それの対応をしている受付スタッフの視線がこちらに及んでいる。
ここで、このエルフを無理やり引きはがしギルドから出れば、それ以降はここへ顔を出しにくくなるだろう。
「……わかったよ。わかったから離れて。なんの話をしたいの?」
「君もため口なんだね。でもそれでいいやあ」
レイがそう言うと、パーカーのエルフは表情を明るくさせ、テーブル席に座った。
レイも同様に座ると、ギルドの女性スタッフがこちらにやってきた。
そして、このエルフの注文した酒瓶とコップをテーブルに置きこう言った。
「ギャビンさん。あんまりレイさんを困らせてはいけませんよ。それと、お酒はほどほどにしてくださいね」
「わかってるってえ。今日はまだ、すこーししかお酒飲んでないからあ。というかこの人間の名前、レイって言うんだあ。へえ……レイねえ」
ギルドスタッフは、レイと同様にあきれた表情を浮かべると、ジュリアの飲み残したペッパーズが入ったジョッキと、その代金である銅貨五枚を手に取り、フロントへ戻っていった。
「ええっと、君はギャビンって言うんだね?」
「そうそう。それと、よく間違われるけどボクは女の子だよお」
聞いてもいない情報を口にし、レイの顔を見て得意げに笑って見せた。
ギャビンは、酒瓶の蓋を開けると、手元のコップに注ぎ入れ一気に飲む。
「実はさ、ボク昔は冒険者をやっててさ、自慢じゃないけど小型ステッキの扱いが誰よりも上手だったのお。農村に行って、農作物を荒らそうとする有害なモンスターをやっつけることが得意だったんだあ。ボクは魔法使えないけど、ステッキの照射魔法で、モンスターの急所を的確に狙って一撃で仕留めることができたんだあ。昔は村人たちから英雄みたいに扱われてたんだよお」
ステッキとは、以前見た冒険者たちが持っていた、あの棒状の武器のことだろう。
「村人たちから感謝されてたんだね」
「そうそう!あの当時、農家の人からとっても喜ばれたんだあ!『あなたがいなかったら今年の農作物が収穫できませんでした』って感じでねえ」
「今も冒険者を続けてるの?」
「ううん。もう引退したあ」
そう言った彼女の感情は、少々暗くなった。
コップに酒を注いだあと、ギャビンは続ける。
「前々から毎日たくさん飲んでたお酒の影響で、手足のしびれが止まらなくなってさあ。思うようにステッキを扱えなくなっちゃったのお。モンスターに狙いを定めることすら難しくなっちゃってえ……」
そこまで言うと、またしても一気に酒を飲み干した。
「今ではお酒だけが人生の唯一の楽しみ!ここではツケで飲ませてもらえるから嬉しいんだあ!」
どうやら、かつてギャビンはステッキの扱いに長けており、英雄視されていた時代があったようだ。
そして、話の内容からして、ギルド側は過去の彼女の活躍を知っているため邪険に扱うことができず、ツケを許していると推測できる。
「ところで、ギャビンさん」
「ギャビンでいいよお、レイ」
「……ギャビン、体細いね。身長もジュリアよりずっと低いよ。本当にジュリアと同年齢なの?」
ギャビンは小首をかしげた。
「そうだなあ。ボクって何歳くらいに見えた?」
「十代前半くらいかな」
「それって若すぎるよお。まあいいやあ。ここだけの話、ボクが小さいころはいっつもお腹を空かせてたんだあ。ご飯、ちゃんと食べることができなかったんだよお」
「それでそんなに小柄な体に?」
「そうかもねえ。栄養状態があんまりよくなかったのかもお。でも今、こうしてお酒飲めてるし幸せだよお。寝床はいっつも外だけど、お酒さえあれば十分さあ」
「……今日の酒代、おごろうか?」
「本当に!?やったあ!これでギルドから追い出される可能性が減ったよお」
そう言い、ギャビンは嬉々として卓上のタッチパネルで、二本の酒瓶を追加注文した。
かつては英雄のように称えられていたものの、冒険者を続けられなくなった今では酒浸りの路上生活を送っている。レイは、それが不憫でならなかった。
ギャビンの境遇を耳にし続けるのは、今の自分には心苦しかった。
これ以上、彼女の話を聞いていると自分の心まで深く沈んでしまう気がした。
「ねえ、もう少しボクとお話しない?」
その返答の代わりに、レイはジンジャーエールを飲み干し、タッチパネルでジンジャーエール代とギャビンの酒代の合計額を確認した。
合計額は、銀貨三枚と銅貨三枚だった。
それを確認すると、レイは自身の財布から銀貨(一枚千円程度の価値)四枚をテーブルに置いた。
そして、「おつりはいらないよ」と言い残し、その場を後にした。




