タイトル未定2026/10/07 18:45
子供の頃、友達と色々な習い事を見に行った。
まあ、スポーツばかりなんだが、野球、サッカー、バスケ…どれも自分には、しっくりこなかった。だが、最期に見学に行った空手、これは身体が震えた…
身体から迸る気!今風だと覇気というのだろうか…カッコよかった。
自分も、あんな風になりたいと思って、早速、入門したのだが…
運動神経も悪く、身体が硬いとくれば、上達の道は険しかった…
それでも、楽しかった。自分で決めた道を、自分で歩いている実感があったから。
どこの世界でもそうだが、周りから劣っている人は、真剣に努力していない奴に、からかわれる。
「おい、お前さあ、はっきり言って邪魔なんだよ!」
「もういい加減に辞めたら?」
中途半端な輩に限って、絡んでくる…
先輩という事もあり、我慢していたが、ついに我慢できなくなり、むかっていった!
ボコボコにやられた…その後、状況は、さらに悪くなり、色々悩んだあげく、辞めようと決心した。空手を始めて1年以上経つのに、いまだに足が腰の高さまでしか上がらないし、基本稽古も途中でバテるし…仕方ないと思ったが、心の中のモヤモヤは消えなかった。
皆に会うのが恥ずかしく、人がいない時間を見計らって退館手続きの用紙を出しに行った。
玄関をくぐった時に、不意に声をかけられた。
「拳児君、どうしたの?こっちにいらっしゃい!」
玄関横に広がる道場には、大先生がおられた。
大先生は、先生のお父さんで、アジアで三本の指に入る程の空手の達人であった。
そういうわけで1年のうち半分以上は海外に指導に行かれている。
何よりも驚いたのは、一度しか会っていないのに、名前を呼ばれた事だ!
この道場では、毎年4月に入門式があり、この時に大先生が一人一人の名前を呼びながら、道着を渡してくれる。
一礼して道場に入り、先生の前に座ると、たまらずに聞いてしまった。
「なんで、私の名前が、分かるんですか?」
大先生は、優しい笑みを浮かべながら、
「自分の子供の名前が言えない親がどこにいますか?」と言いながら頭を撫でてくれた。
優しく笑みを浮かべながら、「何があったの?」との先生の問いに、自分の胸に溜まっていた思いを全て吐き出した。
先生は静かに、時々、相槌をうちながら聞いていたが、私の話が終わると、話し始めた。
「空手は手だよ!空足じゃないよ!」
私の目の前で、様々な手の形を作りながら、「これだけ多彩な手の形で、相手の急所を攻撃できるから空手は最強なんだよ!」
「拳児さんは、手は人並みに動くんでしょう?じゃ、空手を辞める必要はないと思うけどなあ…」
悩んでモジモジしている時に、先生も押忍と言いながら入って来られた。(大先生の息子さんで、実質この道場の責任者である)
大先生は、私の顔を見つめながら、「立ってごらんなさい」と優しく言われた。「拳児さんの悩みを吹き飛ばしてあげましょう」そう言いながら、半身に構えた。先生は、その構えを見て思わず、「お父さん、それは…」大先生を止めようとしたが、大先生は、「いいんだ、今、こうしなきゃいけない気がするんだ」
大先生は、構えてる私に向かって正拳突きを打った。2人の間は、1メートルほどあったのだが、大先生が打ち終わった瞬間、私は後方に吹き飛んでいた…
私が呆然としていると、大先生は、「正拳突きも深く深く追求していくと、こんな事ができる!空手は奥が深いだろう?」
私の頭の中からは、辞めるの考えは吹き飛び、「どうすれば、打てるようになりますか?」と必死に聞いていた。
「毎日、一万回正拳突きを打ちなさい!そうすれば打てるようになるかもしれない、拳児さん次第ですよ!」
そのままお礼を言って、家に帰ってから稽古を始めた。
一万回の突きを打つために、朝に4000回、夕に6000回打つことに決めた。めちゃくちゃ時間もかかって明け方まで稽古が続く事もあった。
道場に行っても、隅で一人で突きの稽古をし続けた。もう、周囲の目も嘲笑も気にならなかった。
数ヶ月この稽古を続けているうちに、両腕が痛くなり、突きを打つたびに脳天に釘を刺されるような痛みが続いた…
それでも我慢して稽古していたが、ある日、夜中に激痛で目が覚めた。両手が紫色になっていた。
我慢できずに次の日に病院に行くと、医者から「両手の毛細血管が、広範囲に破れている。これ以上続けると壊死するかもしれないよ。今すぐ、そんな練習辞めなさい!」と言われた。
帰宅した後も納得できなかったので、道場に向かった。
両先生に両手を見せると、二人とも驚いていたが、大先生が、「よく努力したね…、辛いと思うが、後一カ月続けてごらん。」と私の両手をさすりながら言われた。
医者の助言は、無視した。
一発打つたびに、脳天に杭を打ち込まれるような痛みが走ったが、稽古を続けた。
一カ月にさしかかる頃、両手の毛穴から血が滲み出してきた。汗のように湧き出てくるので、床に新聞紙を敷きながら稽古を続けた。
新聞紙が血でベチャベチャになるのと同時に、痛みが少しずつ引いていった。
一万回の突きを打ち終わった後、両手の紫色は消え、自分の手の中に一本の鉄の棒が入ったような感覚があった。
次の日に病院に行って診てもらうと、完治していると医者も驚いていた。
この後、不思議な事が起こるようになった。
突きを打つと、何百回に1回だが手が消えるようになったのだ。その時は普段とは違う破裂音のような音が響いた。
破裂音を伴う突きの頻度は徐々に増え、100回に1回ぐらいの割合で打てるようになっていた。
道場では年に1回、大会が開かれ、自分の力を試せる場がある。
自由組手(空乱)と型の部があり、自由に参加できた。
白帯で正拳突きの練習しかしていない自分には関係ないと思っていたのだが、以前から私の事をイジメていたSが取り巻きと共にやってきて、試合をしようと誘ってきた。当時のSは茶帯で、ウエートトレーニングにも通っていてテレビに出てくる格闘家のような体格だった。ニヤニヤと苛つく顔をこちらに向けながら誘ってくるS…
「お前さあ、道場来ても隅っこで正拳突きの練習ばっかりじゃねえか…何がしてえんだよグズ!何ができるんだよ!」
先生と目が合った…優しい目だが力強い目だ。
「喧嘩ならできるよ」無意識に言葉が出ていた。
一瞬静かになるS達だったが、その後爆笑され、「じゃ、決まりだな、当日はボコボコにしてやるわ」となり、試合が決定した。
家に帰っても試合の事を考えると、漏らしソアだった。皆の観ている中でやられている自分が容易に想像できた。その不安を掻き消すように、正拳突きを打ちまくった。その頃は数十発に1回は、破裂音を伴う正拳突きを打てるようになっていた。
この拳が当たれば、あるいは…
試合当日、始めの合図の数分で、どうにもならない事が分かった。近づけば、ジャブのような突きで止められ、そこから前蹴りでふっ飛ばされ、腹に意識があるうちに上段回し蹴りをくらった。
目の前に星が瞬き、眩しかった…
それでも蹴ってきた方向に踏み込んだ瞬間に体重の乗った足に下段廻し蹴り…その場に座り込みたくなるほど痛い。多彩な技の数々、空中に浮いているような流水の足捌き。自分が身につけたかった物をSは身に付けている…情けないし悔しいが、自分には馬鹿の一つ覚えの正拳突きしかない…心は折れそうなのに身体は正拳突きの構えをしていた。自分の身体が痛みに悲鳴をあげながら、まだ戦えると細胞レベルで叫んでいた。
Sが突然構えを解くと、腹を突きだして言ってきた「ほら、打ってこいよ、さっきから正拳突き狙ってるよな。打たしてやるよ」シックスパックに割れたSの腹筋は硬そうだ。腹筋で止めた後に、カウンターの上段蹴りを喰らうのは予想できた。
鼻の奥がツーンとしてきて、涙が溢れそうだった。昔、先生から聞いたことがある…武道の神様はケチンボで、中々望む物をくれないと。
「武道の神様、どうかこの一発だけは、あの正拳突きを打たして下さい。このままじゃ、死んでも死にきれません」
祈るような気持ちで正拳突きを打った。
打った瞬間に分かった。あの正拳突きだと。
手が消えて見えない…Sの腹筋に拳が触れた。
次の瞬間、拳は手首までSの腹筋をぶち抜いていた。あの破裂音が会場に響く…女子から悲鳴が上がる。
Sは3メートルほど吹き飛んで、動かなくなっていた。「一本!」先生の声が響く。
Sは救急車で運ばれていった。
帰り道、Sの下段蹴りのせいで自転車に乗れず自転車を引きながら帰宅した。
帰り道は涙が止まらなかった…
次の練習日に道場に行くと、Sは退館していた。
取り巻き連中はいたが、自分と目が合うと、視線を反らした…
先生が側にいて、私の正拳突きについて教えてくれた。あれは「裏当て」と言って、鎧を着ている武士を倒すために生み出された浸透系の突きだそうだ。本来は黒帯を締めて、何年も経つ信頼できる人にだけ伝える技で白帯が習う技ではないと言われた。
もちろん習っても習得困難だが…
「これからは、あの技を活かせる動きを身に着けないとな。そして同時に心も!」先生の言葉が身体に心に染み込んでくる。「押忍!」「千日をもって初心とし、万日をもって極みとする」大先生の言葉が思い出された。




