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第3話「大地の恵みと初めての食卓」

 最高の土壌が完成した畑に、アロンは二種類の作物を植えた。


 一つは、行商人からこっそり手に入れた名もなき芋の種。そしてもう一つは、旅人が落としていったという、赤くて丸い実がなる植物の種だ。


 もちろん、その正体は、前世の記憶を持つアロンだけが知っている。


 ジャガイモと、トマト。


 この世界の誰もが、まだその本当の価値を知らない。


『土壌神の恵み』による土壌分析と、的確な追肥。


『植物活性』による成長促進。


 アロンの持つ知識とスキル、そしてセナの献身的な(時々つまみ食いをする)手伝いによって、二つの作物は生命の爆発とでも言うべき、驚異的なスピードで成長していった。


 ジャガイモは青々とした葉を茂らせ、トマトは青い実をいくつもつけた。


 その成長の早さと勢いは、村の大人たちが育てる生気のないカレル芋とは比べ物にならない。


「アロン、すごい! 葉っぱが太陽の光でキラキラしてる!」


「だろ? もうすぐ、とんでもなく美味いものが採れるぞ」


 アロンの言葉通り、それから1ヶ月も経たないうちに、収穫の時がやってきた。


 まず、ジャガイモ。


 茎を力いっぱい引っこ抜くと、ふかふかの土の中からゴロゴロと、丸々と太った芋がいくつも姿を現した。


「うわああ! なにこれ、お芋の家族みたいにいっぱい繋がってる!」


 セナが歓声を上げる。一つの株から、カレル芋の倍以上の芋が収穫できた。


 次に、トマト。


 緑色だった実は、夏の太陽を一身に浴びて、真っ赤な宝石のように艶やかに熟していた。


「こっちは、綺麗な赤色! なんだか甘くて、いい匂いがする!」


 セナが一つ摘まんで、くんくんと匂いを嗅いでいる。


『よし、大成功だ』


 アロンは満面の笑みを浮かべた。


 収穫したジャガイモとトマトを籠いっぱいに詰め、意気揚々と家に戻る。


 家にいた母親のセーラは、アロンが持ち帰った見慣れない野菜を見て、目を丸くした。


「アロン、これは……? 畑で採れたの?」


「ああ。俺が育てた、新しい作物だよ。今日はこれを使って、俺が晩ごはんを作る」


 アロンの宣言に、セーラは戸惑いの色を見せた。料理はいつも母親の仕事だったし、そもそも息子がこんな野菜を育てていたことすら知らなかったのだ。


 だが、アロンの自信に満ちた目に、なぜか逆らうことができなかった。


 アロンは、まるで自分の手足のように台所を使いこなしていく。


 まず、ジャガイモの皮を薄く剥き、柔らかく茹でていく。


 茹で上がったジャガイモを熱いうちに潰し、村で手に入る岩塩と、貴重品の木の実オイル、それから酸味のある草の汁(酢の代わりだ)で味を調える。刻んだ玉ねぎ(この世界では野生のものが手に入った)を混ぜ込み、最後に茹でて刻んだ鳥の卵を和えれば――。


「ポテトサラダの完成だ」


 次に、トマト。


 湯剥きしてつるりと皮を取り、ざく切りにする。鍋に木の実オイルを熱し、ニンニク(これも野生のもの)の香りを移したら、トマトを投入。コトコトと煮詰めていく。味付けは岩塩のみ。シンプルなトマトスープだ。


 さらに、厚切りにしたジャガイモを油でカリッと揚げて、岩塩を振ったフライドポテト。


 焼いた黒パンの上には、潰したトマトとニンニク、オイルを乗せたブルスケッタもどき。


 あっという間に、テーブルの上は見慣れない、しかし、強烈に食欲をそそる香りを放つ料理で埋め尽くされた。


 仕事から帰ってきた父親のゲイルと、遊び疲れたミリアも、その光景に目を白黒させている。


「アロン、これは一体……」


「いいから、まあ座ってよ。冷めないうちに食べよう」


 アロンに促され、家族四人がおそるおそるテーブルに着いた。


 フォークもスプーンもないので、手づかみだ。


「まず、これから食べてみて」


 アロンは、ポテトサラダを家族の皿に少しずつ取り分けた。


 父親のゲイルが、半信半疑といった顔で、それを口に運ぶ。


 次の瞬間、ゲイルの目が見開かれた。


「なっ……! なんだこれは! 芋なのに、クリーミーで、ほのかに酸っぱくて……こんなに美味いもの、生まれて初めて食ったぞ!」


 ゲイルの驚愕の声に、セーラとミリアも恐る恐る口にする。


 その直後、食卓は感嘆の溜息と、咀嚼する喜びに包まれた。


「ほんとだ……美味しい……」


「お兄ちゃん、これ、もっと!」


 ミリアが空になった皿を差し出す。


 トマトスープも、フライドポテトも、ブルスケッタも、家族の反応は同じだった。


 誰もが無言で、夢中で料理を口に運ぶ。


 いつもは硬い黒パンと味気ないスープだけの、静かでわびしい食卓。それが今夜は、驚きと感動の声、そして美味しいものを食べる喜びに満ちていた。


 特に、トマトの酸味と甘みは衝撃的だったらしい。この世界では、甘みは果実や蜂蜜など、ごく一部の高級品でしか味わえないものだったからだ。


「この赤い実は、果物なのか? それにしては、料理によく合う……不思議な味だ」


「この揚げた芋も最高だな。外はカリカリで、中はほくほく。塩味がたまらん」


 あっという間に、すべての料理が平らげられた。


 ゲイルは、満腹になったお腹をさすりながら、深い溜息をついた。


「アロン……お前、いつの間にこんな……」


 父親の言葉は、賞賛と、戸惑いと、そして少しの寂しさが入り混じっているように聞こえた。少し前まで、ただの子供だと思っていた息子が、いつの間にか自分たちの知らない才能を開花させていたのだから。


「父さん、母さん。俺、この村をもっと豊かにしたい。みんなが毎日、お腹いっぱい美味しいものを食べられるようにしたいんだ」


 アロンは、真剣な顔で両親に言った。


「そのために、俺の畑をもっと大きくして、この新しい作物をたくさん作りたい。協力してくれないか?」


 アロンの言葉に、ゲイルとセーラは顔を見合わせた。


 そして、力強く頷いた。


 息子の作った、生まれて初めて食べる感動的な料理。


 それが何よりの説得力を持っていた。


「わかった。明日から、お前の畑作り、父さんが手伝ってやる」


「私もよ、アロン。この美味しい料理の作り方、私にも教えてちょうだい」


 家族という、最初の、そして最強の味方を得た瞬間だった。


 アロンは心の中で、ガッツポーズをした。


 その夜、アロンはこっそり家を抜け出し、セナの家に小さな包みを届けた。


 中身はもちろん、今日の晩餐の残りだ。


 窓から顔を出したセナは、ポテトサラダを一口食べるなり、目を星のように輝かせた。


「アロン! なにこれ、すっごく美味しい! 約束、守ってくれたのね!」


「当たり前だろ。世界で一番美味しいのを食べさせてやるって言ったからな」


 月明かりの下、美味しそうにポテトサラダを頬張るセナの笑顔を見て、アロンは改めて決意を固めた。


 この笑顔を、もっともっと増やしていこう。


 この村を、この世界を、美味しいもので満たしてやろう、と。


 アロンの農業革命は、今、家族と幼馴染の胃袋を掴むという、最も確実な方法で、確かな一歩を踏み出したのだった。

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