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第12話「食は民を繋ぎ、国を作る」

 王国軍の司令官、ヴァルザス将軍は、焦燥に駆られていた。


 フェルメル領に侵攻してから、すでに10日が経過している。


 しかし、いまだに、まともな食料を何一つ手に入れることができていなかった。


 村々は、もぬけの殻。


 井戸には毒こそ撒かれていなかったが、水量は乏しい。


 畑は、まるでイナゴの大群に襲われた後のように、何も残っていなかった。


「報告します! 西の村も、空でした! 住民の姿、見当たりません!」


「北の街道沿いの村々も同様です! 倉庫は、すべて空っぽに!」


 もたらされる報告は、絶望的なものばかりだった。


 フェルメル領の民は、まるで大地に吸い込まれてしまったかのように、忽然と姿を消していた。


 彼らが、山中の砦や洞窟に立てこもっていることは、ヴァルザス将軍にもわかっていた。


 だが、闇雲に山狩りを行えば、地の利があるゲリラ戦で、いたずらに兵を損なうだけだ。


 最も深刻な問題は、兵士たちの食料だった。


 王都から持参した兵糧は、とうに底をつきかけている。


 兵士たちの士気は、日に日に低下していった。


「将軍、このままでは、我が軍は飢えで自滅します」


「一体、どうなっているのだ。あの豊穣と謳われたフェルメル領は、幻だったというのか」


 飢えは、人の心をむしばむ。


 屈強な騎士たちも、空腹の前では、ただの人だった。


 命令系統は乱れ始め、夜な夜な、脱走兵が相次いだ。


 そんな中、ヴァルザス将軍の元に、さらに衝撃的な報せが舞い込む。


「将軍、一大事です! 我が軍の後方に位置する、オルテガ領、ミラン領、双方が、フェルメル公支持を表明! 我が軍への補給路を、完全に封鎖したとのこと!」


「なんだと!?」


 オルテガ領とミラン領。それは、フェルメル領に隣接し、王国軍の生命線である補給路が通っている領地だった。


 アロンが、事前に食料を分け与え、「恩」を売っておいた領地だ。


 彼らは、土壇場で、王国を裏切ったのだ。


 いや、彼らにとっては、裏切りではなかった。


 飢えた自国の民を見捨て、他国から食料を奪おうとする王国と。


 自らの食料を削ってでも、隣人を助けようとするフェルメル領。


 どちらにつくべきか、彼らは、自分たちの良心に従って、選択したに過ぎない。


 この報せは、王国軍に、決定的な打撃を与えた。


 補給路を断たれた、ということは、もはや、王都からの支援は一切期待できない、ということだ。


 敵地の真ん中で、完全に孤立した。


 ヴァルザス将軍の顔から、血の気が引いていくのがわかった。


『……我々は、罠に嵌められたのか』


 それも、剣も弓も使わない、巧妙で、たちの悪い、食料という名の罠に。


 将軍の脳裏に、この作戦を立案したであろう、フェルメル公の顔が浮かんだ。


 いや、あるいは、その背後にいるという、噂の「豊穣の神の申し子」か。


 その頃、フェルメル領の民が立てこもる、山中の砦では、全く違う光景が広がっていた。


 人々は、不安を抱えながらも、皆、穏やかな顔をしていた。


 アロンの指揮のもと、食料は計画的に分配され、誰一人、飢える者はいなかったからだ。


 子供たちの笑い声が、砦の中に響いている。


 そして、砦には、フェルメル領の民だけでなく、他の領地から逃れてきた、多くの人々も身を寄せていた。


 彼らは皆、アロンが提供した食料によって、命を救われた者たちだった。


 ある日の夜、砦の広場に、大きな焚き火が焚かれた。


 その中心に、アロンが立った。


 彼の前には、フェルメル領の民だけでなく、オルテガ領、ミラン領、そして他の多くの領地から来た人々が、固唾をのんで彼を見守っていた。


 アロンは、ゆっくりと、皆に語りかけた。


「僕たちは、今、王国と戦っています。ですが、僕たちの敵は、王国軍の兵士たちではありません。僕たちの本当の敵。それは、『飢え』です」


 アロンの声が、静かな夜の空気に響き渡る。


「人は、飢えれば、他人から奪います。人は、飢えれば、争いを起こします。僕たちの歴史は、その繰り返しでした。王都の貴族たちが、僕たちから食料を奪おうとしたように」


「ですが、見てください。ここにいる僕たちは、違います。僕たちは、領地の違いを乗り越え、食料を分かち合いました。助け合いました。だから、僕たちの間には、争いは生まれなかった。ここには、平和があります」


 アロンは、集まった人々の顔を、一人一人、見渡した。


「食は、ただ、腹を満たすだけのものではありません。食は、人を繋ぎ、共同体を作ります。そして、安定した食料の供給こそが、平和な国の、いしずえとなるのです」


「僕は、新しい国を作りたい。飢えのない国。食を分かち合うことで、人々が繋がり、助け合う国。僕たちの手で、そんな国を、作ってみませんか!」


 アロンの演説が終わった瞬間、万雷の拍手が、谷間にこだました。


 それは、一つの領地の民の声ではなかった。


 旧来の王国の枠組みに絶望し、新しい希望を求める、すべての人々の、魂の叫びだった。


 この夜、フェルメル領を中心とした、新たな共同体設立の機運は、決定的なものとなった。


 その数日後。


 白旗を掲げた王国軍の使者が、砦を訪れた。


 ヴァルザス将軍からの、降伏の申し出だった。


 戦いは、終わった。


 一人の兵士も死なせることなく、アロンは、王国最強の騎士団を、完全に無力化したのだ。


 歴史に残る、完全勝利だった。

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