表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/15

第11話「スコップを剣に持ち替えて」

 アロンが提唱した作戦は、シンプルかつ大胆なものだった。


 その名も、「周辺領地抱き込み型・逆兵糧攻め作戦」。


『……ネーミングセンスは、まあ、置いといて』


 アロンは心の中で一人ツッコミを入れつつ、家臣たちの前で作戦の詳細を説明した。


「まず、王都から派遣されてくるであろう王国軍を、僕たちは正面から迎え撃ちません」


 アロンの言葉に、騎士団長が眉をひそめる。


「戦わぬと申すか、アロン殿! 我らの誇りが許さん!」


「ええ、戦いません。なぜなら、彼らは遠からず、自滅するからです。王国軍は、食糧難の王都から、十分な補給もなしに出撃してくるはず。彼らの頼みの綱は、フェルメル領で食料を現地調達すること。僕たちは、それをさせません」


 アロンは、地図上のフェルメル領の村々を指でなぞった。


「領内の食料は、王国軍が到着する前に、すべて、山の奥深くにある洞窟などに隠します。畑の作物も、収穫できるものはすべて収穫し、隠す。王国軍がフェルメル領に入っても、そこには、ペンペン草一本生えていない、不毛の地が広がっているだけ、という状況を作り出します」


 家臣たちが、ゴクリと息をのむ。


 自分たちの手で、豊穣の土地を、偽りの不毛地帯に変える。それは、断腸の思いだろう。


 だが、アロンの話は、まだ序の口だった。


「そして、ここからが本番です。僕たちは、隠した食料を、王国軍にではなく、『干ばつに苦しむ周辺の領地』に、無償で提供します」


「なっ……!?」


 その場にいた全員が、耳を疑った。


 自分たちも、いつ食料が尽きるかわからないというのに、敵になるかもしれない他の領地に、貴重な食料を分け与えるというのだ。


「正気か、アロン君!」


「それは、あまりに危険な賭けだ!」


 家臣たちの反対の声に、アロンは静かに首を横に振った。


「いいえ、危険な賭けではありません。最も確実な投資です。考えてみてください。飢えに苦しむ彼らにとって、僕たちが差し出すパンと水は、何よりも雄弁な『外交官』になります。王都が、民を見捨てて、我々から食料を奪おうとしている。一方で、フェルメル領は、自分たちの食料を削ってでも、隣人を助けようとしている。どちらに、正義があるか。どちらに、味方すべきか。答えは、火を見るより明らかです」


 アロンの言葉に、誰も反論できなかった。


 彼の作戦は、単なる軍事作戦ではなかった。


 食料を媒介とした、巧みな情報戦であり、心理戦だったのだ。


「周辺領地が、我々の味方につけば、王国軍は完全に孤立します。補給路は断たれ、味方もいない敵地の真ん中で、飢えと渇きに苦しむことになる。そうなれば、戦う前に、彼らの士気は尽きるでしょう」


 剣を交えずして、敵を屈服させる。


 アロンの語る未来は、あまりに鮮やかで、説得力に満ちていた。


 フェルメル公爵は、長い沈黙の後、玉座から立ち上がった。


「……面白い。実に、面白い策だ」


 公爵の目に、迷いはなかった。


「アロン君、その作戦、君に全権を委ねる。このフェルメル領の、いや、我々の未来のすべてを、君に託そう」


 それは、一領主が、10歳の少年に、自らの運命の全てを預けるという、歴史上、前代未聞の決断だった。


 この瞬間、カペル村の農家の少年アロンは、フェルメル領の実質的な最高司令官となった。


 計画は、迅速に実行された。


 フェルメル領の民は、アロンと公爵の指示に、一丸となって従った。


 彼らは、自分たちの手で育てた作物を、涙をこらえながら収穫し、馬車に積んで、山奥へと運んでいった。


 それは、未来への希望を、土の下に埋めるような、切ない作業だった。


 一方で、アロンは密使を放った。


 フェルメル領に隣接する、四つの領地の領主たちへ。


 手紙には、こう書かれていた。


『貴殿の領民は、飢えに苦しんでいると聞く。我ら、フェルメル領は、隣人として、その苦しみを座して見過ごすことはできない。ついては、我らが蓄えた食料の一部を、無償にて提供したい。見返りは求めぬ。ただ、我らが王国と事を構えることになったとしても、中立を守っていただきたい』


 この手紙を受け取った領主たちの驚きと混乱は、いかばかりだっただろうか。


 ある者は、これを罠だと疑った。


 ある者は、フェルメル公の正気を疑った。


 だが、彼らの元に、実際にフェルメル領から、小麦やジャガイモを山と積んだ荷馬車が、次々と到着するに及んで、彼らの疑念は、驚愕と感謝へと変わった。


「フェルメル公は、聖人か……」


「それに引き換え、王都の連中の、なんと浅ましいことか」


 領主たちの心は、急速にフェルメル領へと傾いていった。


 彼らは、アロンの要求通り、中立を宣言した。いや、もはや心の中では、フェルメル領の明確な同盟者となっていた。


 そうこうしているうちに、王国軍が、国境の向こうに姿を現した。


 その数、五千。


 甲冑をきらめかせ、王国最強を謳われる騎士団だ。


 彼らは、フェルメル領を赤子の手をひねるように制圧し、豊かな食料を「接収」する、楽な仕事だと信じて疑っていなかった。


 だが、彼らがフェルメル領に足を踏み入れた瞬間、その甘い幻想は、打ち砕かれることになる。


 彼らを待っていたのは、人の気配が消えた、ゴーストタウンのような村々と、作物一つ残っていない、赤茶けた大地だけだった。


「な、なんだと……!? 食料はどこだ! 村人はどこへ消えた!」


 王国軍の司令官は、愕然として叫んだ。


 彼らの悪夢は、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ