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第10話「迫りくる干ばつと王国の横暴」

 アロンの嫌な予感は、最悪の形で現実のものとなった。


 夏が訪れると、王国全土を、観測史上例のないほどの、未曽有の大干ばつが襲った。


 太陽は容赦なく照りつけ、大地は無残にひび割れ、川は干上がった。


 雨を乞う人々の祈りも虚しく、空からは一滴の雨も降ってこない。


 王国中の畑は、見るも無惨な姿をさらした。


 小麦は穂を実らせる前に枯れ、芋は土の中で腐った。


 井戸は枯れ、飲み水さえ事欠くようになった。


 人々は飢え、喉の渇きに苦しんだ。各地で、食料を巡る暴動や、村同士の争いが頻発した。


 王国は、文字通り、地獄の様相を呈していた。


 しかし、そんな地獄の中に、まるで奇跡のように、緑豊かな楽園が一つだけ存在した。


 フェルメル領だ。


 アロンが整備した巨大な灌漑用水路は、大河の豊かな水量を、領地の隅々まで、絶え間なく運び続けていた。


 有機物を豊富に含み、スポンジのように水を蓄える力を得た畑は、灼熱の太陽にも負けず、青々とした作物を育んでいた。


 フェルメル領だけが、この大干ばつの影響を、ほとんど受けていなかったのだ。


 いや、むしろ、周辺領地が壊滅的な被害を受けたことで、フェルメル領の作物の価値は、相対的に、天文学的なレベルにまで跳ね上がっていた。


 この状況を、王都の貴族たちが、指をくわえて見ているはずがなかった。


 特に、宰相オルバンス侯爵は、焦りと嫉妬に燃えていた。


 フェルメル領に課した臨時徴税は、公爵が巧みにかわし、支払いが延期されている。その間に、かの領地だけが、ますます富を蓄えている。


 このままでは、王国の権威が失墜し、フェルメル公の発言力が、相対的に増してしまう。


 食糧難は、王都をも直撃していた。


 パンの価格は10倍に跳ね上がり、飢えた民衆が、王宮の門に押し寄せる事態にまで発展していた。


 オルバンス侯爵は、この機に乗じて、フェルメル公を完全に叩き潰すことを決意した。


 彼は、国王に再び進言する。


「陛下、国難の折に、私腹を肥やす不届き者がおります。フェルメル公は、領内の食料を独占し、王国が飢えに苦しんでいるのを、高みから見物しております。これは、もはや明らかな反逆行為。断固たる措置が必要です」


「フェルメル領に、王国の食料庫を開放させよ。もし、それに従わぬとあらば、王国軍を派遣し、強制的に徴収するまで」と。


 国王は、宰相の奸計に気づくことなく、その進言を許可した。


 すぐに、王命を伝える勅使が、シルバームーン城へと派遣された。


 勅使がもたらした王命は、あまりにも横暴で、理不尽なものだった。


「フェルメル領内の全食料を、王国に献上せよ。これは、臣下としての当然の義務である。もし、一粒たりとも隠匿するようなことがあれば、反逆者として、厳罰に処す」


 その一方的な通告に、玉座の間は、水を打ったように静まり返った。


 家臣たちの顔から、血の気が失せていく。


「ふ、ふざけるな!」


 最初に沈黙を破ったのは、騎士団長だった。


「これは、我々が、領民が、流した血と汗の結晶だ! それを、ただでよこせだと!?」


「これでは、我々が飢え死にしてしまう!」


「王都の連中は、我らを殺す気か!」


 家臣たちの怒りと絶望が、渦を巻く。


 フェルメル公爵は、固く目を閉じ、奥歯をギリリと噛み締めた。


 王命を受け入れれば、領民は飢える。これまで築き上げてきた全てが、水泡に帰す。


 王命を拒否すれば、反逆者として、王国軍に攻め滅ぼされる。


 どちらを選んでも、待っているのは地獄だった。


 まさに、絶体絶命の窮地。


 その、誰もが言葉を失う、重苦しい空気の中。


 一人の少年が、静かに口を開いた。


「公爵様」


 アロンだった。


 彼は、いつになく真剣な、厳しい表情で、公爵の前に進み出ていた。


「この王命、受けるわけにはいきません。ですが、拒否して、王国と事を構えるのも、得策ではありません」


「では、どうしろと申すのだ、アロン君……。我々に、道は残されているのか……」


 公爵の声は、力なくかすれていた。


 アロンは、まっすぐに公爵の目を見据え、はっきりと言った。


「道は、あります。第三の道が」


「第三の、道……?」


 アロンは、懐から1枚の羊皮紙を取り出した。


 それは、フェルメル領とその周辺の、詳細な地図だった。


「僕たちには、王国軍よりも、遥かに強力な『武器』があります」


 アロンは、地図の上に、一つの駒を置いた。


 それは、黄金色の小麦の粒だった。


「僕たちの武器は、剣でもなければ、鎧でもない。僕たちの武器は、『食料』そのものです」


 アロンの瞳が、鋭い光を放った。


 それは、農夫の目ではなかった。


 絶望的な戦況を、奇策によって覆そうとする、天才軍師の目だった。


「今から、僕たちの反撃を始めます。王国軍を、一滴の血も流さずに、無力化してみせます」


 アロンの口から語られた作戦は、その場にいた誰もが、想像すらしなかった、大胆不敵なものだった。


 それは、王国という巨大な権力に対し、食料を武器として戦いを挑む、「兵糧攻め」という名の、壮大な反逆計画の始まりだった。

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