【超短編小説】QuitQuittng
仕事を終えて帰宅するとベッドの上に札束が置いてあった。
無造作に積まれた大量の札束。
これがいくら分なのかはわからない。
見た事も無い額なのは確かだし、俺のものじゃないのも確かだ。
そしてそれは増え続けているようにも見える。
金は欲しい。
いや、欲しいと思っていた。
だがこれはおれが望んでいたものとは違う。
きっかけは、お稲荷様にした頼みごとだ。
煙草をやめるから、拳闘の試合で勝たせてくれと。そうしたら本当に勝てた。
それで次は酒をやめるから、何か良い仕事を頼んだ。
数ヶ月も経たず本当に拳闘ジムと両立できる理想的な仕事を紹介されて、アルバイトをやめた。
味をしめたと言えばそうなんだろう。
お稲荷様に願って祈って、何かを我慢したりすれば色々なものが手に入った。
色んな願いが叶った。
煙草と酒をやめて、賭け事もやめた。
商売女も買わなくなった。
肉も魚も食べなくなった。
砂糖や刺激物も摂らなくなった。
そうやっておれはいくつかの拳闘タイトルを手にいれたし、昇進して昇給した。
そしてもう辞めるものがなくなった。
いずれやめることを考えると、欲しいものもなくなった。
お稲荷様にも行かなくなった。
ある日、長年の友人が煙草をやめるのを手伝った。
おれは拳闘を引退してテレビタレントになった。
別の友人が酒をやめた。
おれは自伝を執筆することになった。
さらに別の友人は賭け事をやめた。
おれは自分のジムを持つことになった。
また別の友人は……何かをやめた。暴飲暴食だったか、不摂生だったか。
おれのジムからタイトルマッチに出る選手が現れた。
もはやおれはお稲荷様に何かを願ったりしていない。
まるで習慣か呪いのように、なにかを止めるだけだった。
ただそうやって何かをやめるたびに……いや、誰かが何かをやめるたびにおれの人生は上向いた。
そしてついにおれは大金を目の前にしている。
今度は誰が何をやめたのか。
いまここで煙草に手を伸ばしたら、酒を飲んだら、おれは何を失うのだろうか。
確認をしようにも誰とも連絡がつかない。




